第3話  淳

私が淳に再会したのは、私が大学の三年になって、すぐのころでした。

淳とは小学校で一緒だったのに、そのころは好きでもなんでもなくて、というより私はあの人の存在をまったく記憶にとどめていませんでした。

まったくただのクラスメイト、それがバイト先で再会して、それはまさに運命的な再会と言ってもいいと思います。

淳は「あつし」ではなく、「じゅん」と読みます。

そして私は、淳子と書いて「じゅんこ」ではなく「あつこ」と読みます。

よく淳の方が「あつし」と呼ばれ。

私が「じゅんこ」と呼ばれました。

ただそれだけの関係でした。

バイト先で声を掛けられても、まったく思い出せませんでした。

新手のナンパかと思ったくらい、名前を言われてもこの人は誰、と頭をひねるばかりでした。

「お前メガネかけていただろう。どうしたんだよ、可愛くなっちゃって」

「コンタクトです。大体あなたは誰なんですか。」

そのときになっても、私は淳のことを思い出すことが出来ませんでした。

「俺だよ、俺」と言われてぼんやり分かってきましたが、でもはっきり淳のことを思い出したのは三日後のことでした。


淳とまともに付き合ったのはたった三カ月くらいでした。

それは短いからこそあまりに大きい。

淳の言った言葉の全てを私は思い出せます。

まるで二時間足らずの映画の中で生きた主人公が、その映画の中で全ての完結を見せたように、淳のイメージは私の中でたった三か月に、パッケージングされてしまいました。

情報が多くないことが、さらに淳への思いを大きくします。

もし淳とあんなところに行っていたら、こんなことを一緒にしていたら。

その想像が私の中で広がってゆきます。

それは淳があんなことになってから、さらに大きくなってゆきます。

何か綺麗な景色を見たら、この風景を淳に見せてあげたい。

そしてこう言うの、綺麗ねって、そうすると淳も、いつものぶっきらぼうな言い方で「ああ」と言う。

でも私にはわかる、それは淳の最大限の感情表現だと。

美味しいものを食べたら、淳にも食べさせてあげたいと思う。

「ね。おいしいでしょう」

「ああ、うまいな」言葉はぶっきらぼうなのに、目は優しく微笑む。

そして淳が心の中で言う言葉が私には分かる。

「こんなおいしいレストランに一緒にこれて良かったよ。

ありがとうな」


でも、淳とは三カ月でドライブが三回。

淳の家に行ったのが二回。

カラオケが四回。

私の家に来たのが二回。

ディズニ―ランドが二回。

ボ-リングが一回。

そして、肌を合わせたのが四回。

これが淳との歴史の全てです。

たったそれだけ、そしてそれはもう決して増えることはない。

あとは想像するだけ。


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