傍話 少女から見た少年

「ここが、勇の家ですか……」

 闘いが終わって数日後、僕は実家へ戻っていた……ハツネさんを連れて。

 彼女は厳しい面持ちで、家を見つめる。その姿に、僕は苦笑いを零した。

「そんなに緊張しなくていいよ。どこにでもある、普通の家だから」

 そう言って玄関を開けるが、実は僕自身も緊張していた。

 だって今日は……学校を退学することを親へ報告するために、実家へ帰ってきたのだから。


 ……


「さ、ささ、ハツネさん……でしたっけ。どうぞ、お茶を」

「ありがとうございます、いただきます……ズズッ」

 ハツネさんは出されたお茶を啜る。実家にハツネさんがいる……その光景に、僕は違和感を覚えた。

 けれど、僕の両親はそれどころじゃないだろう。これまで友達がいなかった息子が女の子の友達を連れてきたのだ。さっきからわかりやすくそわそわしている。

「そ、それでハツネさん……ウチの息子が失礼をしてないかね?」

「いえ、勇にはとてもよくしてもらってます。それはもう、ほとんど毎日」

「毎日……!?」

 その言葉に、父は卒倒しそうになる。

 だが母は笑顔でそれに応じる。

「もう、年頃なんだからそんなこともあるでしょう……それにしてもハツネさんったら上品ね。もしかして、お嬢様というものかしら?」

「えっと……一応姫でした。もう故郷は滅んでしまったのですが」

「姫!? 故郷が滅んだ!?」

 今度は母が卒倒した。なんでこの二人は初対面の人の話をここまで信じられるのだろう。正直、傍から聞いてると電波っぽく聞こえないこともないのに。

 そんな彼女の質問責めから落ち着いて……やっと両親は本題へ移った。

「それで……学校を辞めるって本当かい?」

「……うん。もう決めたんだ」

「正直、お父さんとお母さんは賛成しないな。せっかく学校から特待生として認められて寮暮らしになったんだろう? そのチャンスを捨てるなんてもったいないと思わないのかい?」

 GVからの説明を真に受けてる両親はそう答える。そんな二人に、僕はため息を吐きそうになるのを堪えた。

「でも、もう決めたんだ」

「そもそも何になりたいんだ? それは学校を辞めてまでやらなきゃいけないことなのかい?」

「はい、勇は宇宙飛行士にならないといけませんから」

 すると、ハツネさんは突然そう口を挟んだ。

「勇は宇宙飛行士になると決めたのです。だから、その勉強のため、訓練のために時間が必要なのです」

 その言葉に、両親は難色を示す。

「それは本当かい、勇?」

「……うん、本当だよ」

 正直、半分嘘だ。これからセレーラ星に行くのだから、宇宙へ行くのは間違っていない。けれどそれは今両親が考えている宇宙飛行士とは大きく意味が違う。そして、あまり筋が通ってないことも。

「ならば、猶更学校へ通わないといけないじゃないか。宇宙へ行くにはいっぱい勉強しなきゃならないんだぞ? 勇の今の成績じゃ、とてもじゃないけど宇宙飛行士にはなれないとお父さんは思うのだが」

 そう告げる父の言葉に、母は頷く。

「それに……ハツネさんの前では言いにくいが、お前は『肉体機能障害』を患っているんだぞ。宇宙飛行士は身体も重要なんだ。まともに訓練できないお前が本当に宇宙飛行士になれると思ってるのか」

 わかってる。それは正直僕も不安だ。

 環境が変われば、今まで通り戦えなくなるかもしれない。それは僕の中にある今一番の不安だ。それに、知識も足りない。まだ宇宙がどういうものか漠然としかわかってないし、その状態で宇宙に行くのはよくないというのは、僕にも理解できた。

 そんな両親の理解を得るためにはどうすればいいか。そう頭をフル回転させながら頑張って説得を始めようとした……その時だった。

「……何故、そこまで否定するのですか」

 ハツネさんが口を開いた。

「失礼ですが、勇のことを悪く言い過ぎだと思います。確かに勇にはまだ補わなければならない点がたくさんありますが、それでもいきなり全否定から入らなくてもよいではないかと」

 そう冷静に言ったハツネさんは一息つく。

「勇は真剣です。今足りないものを理解して、精いっぱい努力している最中なのです。だから、そこまで否定することはないと思います」

「……き、君に何がわかる。勇のことは私たちの方がよく知っているのだ。最近出会ったばかりの君に色々言われる筋合いはないよ」

「なら、勇はロボット好きだということを知ってますか?」

 その言葉に、両親は固まった。

「お前、まだあんなもので遊んでたのか……!」

「怒らないで下さい。私は彼のロボット好きのおかげで何度も助けられたのです。彼のおかげで、困難な出来事を何度も乗り越えてきました」

 そう反論するハツネさんは、少し怒ってる気がした。

「今私がここにいるのも、勇のおかげなのです。彼は、私たちを助ける力を持っている。そしてその力で私をいつも助けてくれていることに……心から感謝しているのです」

 そして、ハツネさんは頭を下げる。

「お願いします。勇が選んだ道を応援して下さい……私の夢と、一緒に」

 その姿に、両親は絶句する。

「……そ、そこまでするほど必要なのかい?」

「はい。なにせ、星の運命が、掛かってますから」

 そう言い切ったハツネさんに、両親は何も言えなくなる。

「……ちゃんとした機関なのだろうね?」

「はい。こちらに資料がございます。これが証明書で、こっちが問い合わせ省庁の電話番号となります。こちらに連絡していただければ、担当部署に繋いでくれるそうです」

 そう言って両親は資料を受けとる。そして誰もが知っている省庁の名前を検索し、その問い合わせ電話番号と資料の電話番号が一致していることを確認し、溜め息を放つ。

「……どうやら、信じるしかないようだね」

 そう言って父は僕の方を見る。

「勇。やっと人様の役に立つ道を見つけられたんだ。全力で頑張るんだぞ」

「……うん」

「ハツネさん。ウチの息子は難が多い。迷惑を掛けることがあるかもしれないが、どうかよろしく……」

「その心配はありません」

 そして、ハツネさんは父の言葉を遮った。

「私は勇に感謝こそすれ……迷惑に思ったことなんて、一度もありませんから」

 そう、笑顔で返すために。

「……ハツネさん」

「そうか。ならいいんだ。どれ母さん、ご飯の用意は出来てるな? 二人とも、せっかく家に来たんだ。もしよかったら一緒にご飯を食べないかい?」

「はい、是非ともご一緒させていただければ」

「よかった。なら早く食べよう。母さんったら、勇が友達を連れてくると聞いて、張り切ってご馳走を作ってくれたんだ。二人だけで食べることになったらどうしようかと思ったよ」

 そして、父は僕の方を振り向く。

「勇の大好きなハンバーグもあるぞ……しっかり食べていけよ」

「……うん。ありがとう」

 その後、僕らは一緒に食卓を囲んだ。

 両親と、ハツネさんと一緒の食事は穏やかに進んだ。食卓からは笑顔が途絶えず、皆ひっきりなしに食事を口へ運んでいった。

 母のハンバーグも美味しかった。きっと、頑張って作ってくれたのだろう。それが少し、嬉しかった。

 そして僕は……きっと最後になるであろう、両親との食事会を静かに楽しんだのだった。

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竜女王テラレグルス 第1部 未来おじさん @future_kun

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