第5.7話 Eパート~彼女の意思~
「……お、来た来たぁ」
街の外れにある廃工場。そこに、私を呼び出した男たちがいた。
「やっと来たねぇ、氷室ちゃん……いや、初音ちゃぁん♪」
「……」
私は男を無言で睨みつける。だが、それ以上は出来ない。
何故なら……目の前で、勇が椅子に縛り付けられているからだ。
「は、ハツネさん、来ちゃ駄目だ……ッ!」
勇はボロボロになっていた。彼らの手には金属バットが握られている。あれで殴られたのだろうか……そう考えるだけで、私の怒りは頂点に達しようとしていた。
「もう、そんな眼で見ないでよ。僕らはただ、君と仲良くしたいだけなんだからさ」
そう言って彼らは向かい側にあるソファへ誘導しようとする。
その前にある酒の空き缶が転がっている机の周りで、男たちがニヤニヤしながら私を見つめている。汚らわしい。
これからこんな男たちの言いなりにならないといけないと考えると、反吐が出る。
「ちょっとだけさ、僕らのパーティーに付き合って欲しいだけなの♪ 大丈夫、僕らとっても優しいよ♪ しかもパーティー盛り上げるの得意だから、絶対楽しいって♪ ちゃんと僕らと一緒に酒を飲んでくれれば、勇君も解放してあげるからさ♪」
そう言って男は私の肩へ手を回す。背筋がぞっとする。すぐにでも背負い投げしたくなる気持ちが湧き上がってくる。
けれど、出来ない。彼らに勇を人質に取られているからだ。
彼らの要求は私と一緒に遊ぶこと。もし拒否すれば、勇はどうなるかわからない……そんな下種な男たちに相応しい願いだった。
そんな要求を、私は受け入れた。私はどうなってもいい。この男たちに敗けることはないし、危害を加えることにも抵抗はない。けれど、勇が傷つくのは堪えられない。あの金属バットが勇に振り下ろされることを考えるだけで……私は震えが止まらなかった。
「ウェ~イ、初めましてぇ、初音ちゃぁん! ささ、駆けつけのいっぱいどうぞぉ♪」
そう言って差し出されたのは、青い色をした液体。そのパフェよりも甘ったるい匂いのする飲み物に、私は吐き気がした。
こんな男たちと一緒に過ごすなんて寒気がする。けれど、それで勇が助かるのなら……私はそのコップを手に取る。
大丈夫。勇のためなら堪えられる。勇のためなら我慢できる。勇を助けるためだったら、どんな辱めだって受け入れられる。
だって……私は、勇のことを……
「駄目だ、ハツネさぁんッ!」
「ッ!」
その時、勇が叫んだ。瞬間、コップに注がれた液体の水面が揺れる。
「それを飲んじゃ駄目だ……よくわからないけど、それを飲んだら引き返せなくなる気がする……だから駄目だ、ハツネさんッ!」
「い、勇……で、でも、そうしないと、勇が大変なことに……」
「それでもッ!」
珍しく勇が私の言葉を遮る。
そして。
「僕は……ハツネさんがそんな卑怯な男たちと仲良くするなんて、堪えられないんだッ!」
勇はそう……叫んでくれた。
「……おい、黙れよチビ。テメェはただ静かに俺らのパーティーを見てればいいんだよ」
「嫌だッ、ハツネさんが傷つくのを見てなんかいられないッ! ハツネさん、絶対その男たちの言うことを聞いちゃ駄目……」
「ねぇ」
瞬間、それまで優しい口調で話してた男が口を挟む。
「やっちゃって♪」
その言葉と同時に……勇の隣にいた男はバットを振り下ろした。
「……ッ!」
勇が眼を瞑り、歯を食い縛った瞬間――
ガキィィィィィンッ!
「……は?」
私は、男のバットを腕で受け止めていた。
「え? は? こいつ、さっきまであそこにいたはず……」
「勇」
私は男に構わず勇に話しかける。
「少しの間だけ、堪えられますか?」
その言葉に、勇は頷く。
「うん……悪いけど、お願い」
そして勇のその言葉を聞いて……私は動き出した。
「へぶぅッ!」
まず手刀を勇の隣にいた男に加える。首をへし折るように与えたその一撃の後、さらにその近くにいた男へ回し蹴りを食らわせる。
「はぐぅッ!?」
男たちは一撃でのされ、倒れこむ。そして私は、ソファに座っていた男たちを睨みつける。
「次はあなたたちの番です」
そう告げる私に、男たちは恐れ慄く。
だが、さっきまで優しい口調で話してた男だけは、ニヤニヤと笑顔を浮かべていた。
「あれぇ、いいのぉ? 僕、実はお父さんが代議士でさぁ……正直、そこの男の人生を滅茶苦茶にするくらいちょ~簡単なんだけど」
「……そうですか」
なら、話は簡単だ。私はその男の近くに行く。
「そうそう、そうやって大人しくしてれば……え?」
そしてヘラヘラした口調の男を羽交い絞めにした。
「……痛たたたたたたッ! あれぇ、いつの間にぃ!?」
私は男の腕を背中に回しながら関節を捻じ曲げる。そして腕を関節とは逆方向に押し曲げようとした時、ついでに告げる。
「つまり、あなたを始末すれば終わり、ということですね」
その言葉に、男は顔が青ざめる。
「お、おいッ、やれお前らッ! コイツマジでヤベぇッ!」
瞬間、男たちが一斉に襲い掛かる。私は、手元にいるヘラヘラした口調の男を振り回し、その男たちを逆に吹き飛ばした。
「ぎゃふぅッ!」
「な、なんだこいつ、滅茶苦茶だッ!」
「ひ、怯むなッ! 所詮女一人、全員でやれば何てこと、ぐぼぉッ!」
うるさかったので、近くにいた男を叫ぶ男へ投げ飛ばした。二人はキスをしてそのまま幸せそうな顔で気絶した。
手元が空いた私は軽くストレッチをする。そして、男たちに告げた。
「さぁ……勇を傷つけた罪、贖ってもらいます」
そして数分後、私はこの場の制圧に成功したのだった。
……
「勇、大丈夫ですか?」
そう言ってハツネさんが駆け寄る。後ろ手に縛られた縄を解くと、彼女は僕を抱き締めた。
「すいません……私がもっとしっかりしていれば……」
「……ううん、ハツネさんは悪くないよ。全部、僕のせいだから」
僕は眼を伏せながら告げる。そう、今回の出来事は全て僕のせいだ。僕があの時靴をちゃんと選んでいれば。僕はあの男たちに気づいていれば。そうすればハツネさんはあの男たちに眼を付けられることもなかったのだ。
そう考えると、僕は気が重くなる。
「……ですが、勇のおかげで私は無事でした」
けれど、ハツネさんはそう返す。
「あの時、情けなくも私は弱気になっていました。ですがあの時勇が一喝してくれたおかげで眼が醒めて、こうやってこの男たちを倒すことができたのです。むしろ、勇に感謝しなければなりません」
そう笑い掛けるハツネさん。その笑顔に、僕は少し救われた気がした。
「……ありがとう、ハツネさん。そう言ってくれて、嬉しいよ」
「……あの、勇。実は私も謝らなければならないことがあるのですが……」
ふと、そう気まずそうにハツネさんが告げる。そして、足元にある靴を指差した。
「せっかく買ってもらったスニーカーを、汚してしまいました……」
そうシュンとして告げるハツネさんに、思わず僕は吹き出してしまう。
「くっ、くく……っ!」
「わ、笑わないで下さい……っ! せ、せっかく勇から買ってもらったものを汚してしまって、落ち込んでるんですから……」
そう見るからに落ち込む彼女を見て、僕は少しホッとする。
あぁ、そっか。嫌じゃなかったんだ。僕は自分が買ってきたスニーカーが気に入らなかったわけじゃないと知って、安心した。
そして、彼女に告げる。
「僕は嫌じゃないよ。だって……この汚れは、ハツネさんが僕を守ってくれた証だから」
すると、ハツネさんは少し驚いたような顔して……そして、少し安心したような顔になった。
「……それなら、よかったです」
そう笑顔で言われ、つられて僕も笑顔になる。
そして、ハツネさんは思い出したように告げる。
「そうでした、勇。少し行きたいところがあるんです。ちょっと来てくれませんか?」
「いいけど……どこに?」
そして、ハツネさんはニヤ、と笑って言う。
「少し……空へ行こうと思いまして」
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