第5.1話 Bパート~雑談~

「あ、リアナさん、おかえりなさい」

「え、えぇ、ただいま……」

 とりあえず基地に帰ってきたリアナは食堂で晩御飯を食べることにした。今日はカレー。この星の日本という地域ではポピュラーな食事だという。

 そこで司令部のオペレータ……梶野にリアナは話しかけられたのだ。

「欲しい服、見つかった?」

「あ、え、えっと……それがなかったのよね、残念なことに」

 リアナは努めて冷静になろうとして、とりあえずカレーを一口食べてみた。

 ……辛い。甘いものが好きなリアナにとって、その辛味はあまり理解できなかったようだ。

「そう。あーあ、でもいいなー。私はしばらく休みが取れてないから、ちょっとストレス溜まってるのよね……」

「あ……ご、ごめんなさい」

「あ、ううん、そんなつもりで言った訳ではないの、ごめんなさい」

 咄嗟にリアナが謝ったことから気まずい空気が流れる。

「あー、疲れた……」

 と、そこにメカニックアシスタントの小川がやってきた。

 ボサボサになった髪を搔きながら、彼も梶野の隣の席へと座った。

「小川さんもお疲れ様。その……シャワーぐらい浴びてきたら?」

「いや無理っすよ……あの鬼司令のせいでどんだけタスク溜まってると思ってるんですか。戦艦の修理に『鋼衣」の整備。マジで時間がいくらあったって足りないっす……」

 そう項垂れる小川がリアナを眼にした瞬間、また口を開く。

「そういえばあのブースター、君の発案だったよね?」

「え、あ、はい……」

「すごいよねぇ、まさかあんな解決方法があるなんて……あれがなかったらイザベラには逆立ちしても勝つことはできなかったよ」

「あ、ありが、とう……?」

「うん、褒めてる褒めてる。ハツネさんも技術を教えてくれたけど、リアナさんはさらに専門的な部分まで教えてくれたから、テラレグルスの基本構造からの改修もなんとか進みそうだよ」

「そうそう、リアナさんすごいわよね。まだ17なのにあんな詳しい工学的技術も知ってるなんて……ずっと前から勉強してたの?」

「……そんなんじゃ、ないよ」

 リアナは少し考えて……そして、ゆっくりと語り出した。

「私の生まれた星はさ、そもそも文明はあんまり発達してなかったの。戦争の技術だけ進んで、生活の文明は全然未発達で……私も生まれた時は格闘術ばっかり教えられてたから、勉強なんてほとんどしてなかったのよ」

 そこまで言ってリアナは遠いところを見つめるように視線を移す。

「勉強を始めたのは、セレーラが侵攻を始めてから……最初はあんな馬鹿デカい宙域戦艦がやってきて、皆驚いて……そして、すぐに戦力差の前に戦うことを諦めた。それから星の権利を譲渡する代わりに皆を生かしてもらうことになって……でも、それだけじゃ足元を見られるだけだから、いっぱい勉強を始めたの」

 それは、リアナにとって昔の記憶。

「それはもう必死だったわ。精いっぱい文明星の技術や文化を学んで、セレーラ星の大学に受かった。そこからも遊んだりせずに勉強を続けて、セレーラの正規軍へと編入した。そこで何とか実績を残して、偶然皇帝の眼に入って……そして、星の地位向上と引き換えに大幹部へと入れてもらうことになった」

 それは、激動過ぎる半生。まだ自分よりも年下の子がそんな凄絶な人生を歩んでいたという事実に、梶野は思わず震えを覚えてしまった。

「それで、始めての任務でこの星にやってきて……まさか、ダーリンのものになるなんて思いも寄らなかったわ」

「それは本当にごめんなさい」

 自嘲気味に話すリアナに、梶野は全力で頭を下げる。

「……でも、人生そんなもんだと思うけどねぇ」

「え?」

 突如口を挟んできた小川に、リアナは顔を向ける。

「俺だって本当はふっつーの公務員になりたかったのに今はこんなところにいるしさ」

「え、小川さんって事務職希望だったんですか?」

「そうそう。確かに工学系の知識はあったけど、それでも平々凡々と生きたくてさ。それで普通の公務員試験を受けたら、全部面接で落ちてね……それからも何度か受けたけど、全部面接で駄目。いやぁ、あれは悲しかったなぁ」

 それはそのズボラさのせいでは……梶野とリアナは同時に考えた。

「で、その間の暇つぶしに論文を書いたらさ……司令の眼に止まっちゃったんだよね。それで無理やり出来たばっかの時のGVに連れてかれて、技術担当任されて……で、今は地球の平和を守ってるってわけ」

「それは……何だか壮絶ですね」

「ま、でもそれが運命だったかもしれないなぁ、って思うんだよね。人生塞翁が馬っていうか、結局は全部成り行きで決まっちゃうんじゃないかなって。ただ俺と君は、それが人より急過ぎただけっていうかさ……でも、あの時論文を書かなかったらここにはいなかった訳で、君もその努力がなかったらここにいなかったわけで……まぁ君は色々思うかもしれないけど、そうなってこっちは滅茶苦茶助かってるよ。じゃなきゃ地球はラスタ・レルラのものになってたかもしれないから」

 その言葉にリアナはハッと眼を見開く。

 そんな彼女に、梶野は笑みを浮かべる。

「……そうね。色々あったけど、そのおかげで今こうやってご飯が食べられてるものね。そう考えるとなんだか不思議な気分だわ」

 そう言って梶野は一口カレーを口に入れる。リアナもそれを見て口にカレーを含み……そのスパイスの辛味に、口の中がヒリヒリした。

 そんな地球の食事を味わってる時に、ふと梶野さんが机に置いてたスマホからアラームが鳴った。

「いけない、もう時間だわ……ほら、小川さんも早く」

「えぇ~……? 俺カレー半分も食べてないっすよ……ま、いいか。食いながら仕事しよう」

「もう、行儀が悪いんだから……あ、それじゃあねリアナさん。よかったらまたお話を聞かせてね」

 そう言って梶野と小川は食堂を去っていった。残されたリアナはまたカレーを口に含む。いつものヒリヒリした味がするが、どこかこの味に馴れてきた気がする。

 けれど……どこかさっきまでのカレーの味と違う気がした。

「……」

 そう思いながら、リアナはカレーを食べ続けた。

 三人で食べていた時と味が違う気がする……そんな気がしながら。

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