第5.1話 Cパート~裏切り~

「あ、リアナさん」

 食後、リアナは勇の病室へと向かった。

「調子はどう、ダーリン?」

「うん、大分いいよ。先生もあと少しで退院できそうだって」

「ところで、リアナはどうしてきたのですか? 用がないなら勇の体に響くので早く帰って欲しいのですが」

「あんた、嫉妬を表に出し過ぎてるんじゃない?」

 呆れ顔でそう告げながらリアナはまず手に持つお盆を渡す。

「はいこれ、二人の食事よ。ハツネもあんまりご飯食べてないみたいだし、ちゃんと食事を取っておいてね」

「食べなよハツネさん、僕にリンゴ食べさせてばっかりで全然ご飯食べてないでしょ?」

「うーむーー彼女の言うことを素直に聞くのは癪ですが、ここは素直に聞きましょう」

 そう言ってハツネもカレーを食べ始める。口にスプーンを含んでモッキュモッキュと食事する姿に溜め息を吐きながら、リアナはさらに紙袋も渡す。

「あとこれ……ダーリンとあなたの着替え。いい加減着替えないと匂うと思うんだけど」

「む、それは駄目ですね。では早速着替えをーー」

「ちょちょちょちょっと待って! なんでここで着替えるの!?」

「別に構わないじゃないですか。ここには気心を許した人しかいません。なら着替えたって問題ありません」

「問題あるわよ! ほら見てよダーリンを! 顔赤くしながら目そらしてるじゃないッ!」

 顔から湯気を出しながら向こうを向く勇を指差しながら指摘するリアナ。そんな彼女の指摘に仕方なさそうに応じるハツネに、しかしリアナは溜め息が漏れそうになる。

 彼女と勇の距離が近づいてることは、リアナにも理解できた。少なくとも、あの時ビンタしあった時の彼女とは違っていた。その証拠に、ハツネが勇を見る視線にこれまでにない熱がこもっていたことに、リアナが気づかないはずがなかった。

「……じゃああたし、もう帰るから」

 そしてこの場に居づらくなったリアナは部屋に帰ろうとした。

「あ、待ってリアナさん」

 そんな彼女を、勇は引き留めた。

「着替え、ありがとう。助かったよ」

「……ううん、別に構わないわ」

「……ねぇリアナさん、何かあったの?」

 瞬間、リアナはハッとした。

 どうやら、自分の心の乱れを見抜かれたようだ。

 思考に焦りが出たリアナは……つい勇に聞いてしまう。

「……辛く、ないの?」

「え?」

「ラスタ・レルラと戦うの……辛くない?」

 そう尋ねるリアナに、勇は笑顔で答える。

「……実はあんまり辛いって思ってないんだ。だってこんな風に戦うの、ちょっと憧れてたし……それに、皆から『求め』られるの、嫌いじゃないから」

「それが、都合よく使われてたとしても?」

 冷たい言葉だとリアナはわかっていた。瞬間、ハツネが顔を顰めるのも理解できる。

 けれど、勇は笑顔のままだった。

「そんな風には思ってないよ。だって……僕自身の願いも、叶えられてるから」

 その笑顔が……リアナには眩しく感じた。


 ……


「……」

 リアナはサーバールームにいた。

 ここはGVの中枢。ありとあらゆるデータがここに格納されており……ここを破壊されると、基地自体が成り立たなくなる。

 そしてリアナの手には、ローラから渡された爆弾があった。これを設置すれば、リアナはセレーラ星の一団に戻れる。しかも、勇と一緒に。

 情に流されるべきではなかった。それで失われるものはあまりにも多過ぎる。そもそも自分の母星であるゾルレナス星はどうなるのか。以前天知司令たちの前では強がったものの、自分のせいでさらに処遇が悪くなるのは目に見えていた。自分の星の慣習に従った結果とはいえ、それで母星が滅びてもいいのか……そんな葛藤が胸に浮かぶ。

 そう。葛藤だった。それでもリアナはこの星を滅ぼすことに躊躇いがあった。

 成り行きで、自分の星の慣習に従って下った敵を、この星の人たちは温かく迎え入れてくれた。本来は監獄に入れられてもおかしくない自分に、過剰なまでの自由をくれた。それが裏があってのことでないことを、リアナは理解していた。

 甘い。甘過ぎる。だからこんな風に虚を突かれてしまうのだ。これは相手のせいだ。こんな私を信じる人のせいだ。私に裏切られるなんて思ってもいない地球人のせいだ……そう自分に言い聞かせる。

「……」

 けれど、リアナの手は止まったままだった。爆弾を持ったまま、体が動かない。これを設置しないとゾルレナス星へ迷惑を掛けるのに。もっと今より大変な目に遭うかもしれないのに……

「ーー早くすればいいじゃないですか」

 その声にリアナは体を震わせる。

 咄嗟に振り向くと、そこにはハツネがいた。

「大方、ラスタ・レルラに爆弾か何か仕込むように言われたのでしょう? なら、早くそうして下さいーーそうすれば私はあなたをここで始末できますから」

 そう告げるハツネの声色は冷たい。本当に自分を始末する気だ……リアナにはそれが理解できた。

「ーー私はあなたが嫌いです。成り行きで自分の道を決めようとするあなたが、大嫌いなんです」

 そう言って、ハツネはリアナに近づいていった。

「……よく言うじゃない。さすが、自分の我が儘で好きな人の命を危険に晒せる星に生まれた人間は違うわね」

「ーー」

 ハツネは……リアナの言葉を否定しなかった。

 この数日間で自分の心に沸いてきたある思いを、自覚しつつあった。だから、リアナの言葉を無言で受け止めた。

「そんなとこ……あんたの姉にそっくりよ」

「ッ!」

 だが、その言葉だけは心外だったようだ。

「姉様は関係ないでしょう……ッ!」

「あるわ、おおありよ……あんた、今の自分の顔見てないでしょう? そっくりよ。今のあんた、あいつに……」


「グアテガルに自分の母星を売った姉……ラクシェンヌと全く同じ、色惚けた顔をしてるわ」


 刹那……冷静だったハツネの顔が、鬼と化した。

「うるさいッ!」

 瞬間、ハツネはリアナに掴みかかっていた。

「私はあんな売星奴とは違うッ! 私、私があんな女と同じわけ……」

「そういうところがね、似てるって言ってるのよ!」

「ッ!」

「私はね、あんたみたいに感情だけで動いてないの! 大切な国を本当に背負って戦ってきたの! それを、もう救って欲しいなんて一人も思ってない星のために一人相撲を取ってる星の人なんかに言われたくないのよ!」

「うるさい、あなたにそんなこと言われたくありませんッ! 星の事情に、組織の事情に、挙句は星の慣習に振り回されて自分がない癖にッ! 全部……全部自分以外の事情を言い訳してる癖に……ッ!」

 そして、言ってしまう。

「勇のことだってーー本当は好きじゃない癖にッ!」

 ずっと……心の奥にわだかまっていたことを。

「……」

 リアナはそれを……無言で受け止めていた。

「……そうよ。別に好きじゃないわよ。あんな痩せ細った男のどこがいいか、全くわからない……あんな男に付き従うことが正解な訳がない。このままじゃゾルレナス星がどんな目に遭うかわからないのに、私はあの男の愛人として過ごすしかない」

 そう語るリアナはまるで悪女のようで……

「……でも、どうすればいいのよ」

 そして、少女のようでもあった。

「自分の母星を侵略した男に媚び諂ってでも故郷を守ろうとしてるのに……そんな星の慣習にまで背いたら、皆に顔向けできないじゃないッ!」

「ッ!」

 その言葉に、ハツネの顔はこわばった。

「もう一度言ってあげるわ……あたしはあんたとは違う。もう誰も望んでない反逆なんかのために戦うあんたとは違うッ! あたしには……守るべき星の人たちがいるッ! あたしを信じてくれている人たちのために……あたしは戦わなきゃならないのよッ!」

 そこまで言って、リアナは手に持つ爆弾を強く握る。

「あたしはやってみせる……ゾルレナス星のために、私を信じてる星の皆たちのために……ッ!」

 そう叫びリアナは中枢サーバーに爆弾を取り付けようと近づく。その行動を見た瞬間、ハツネは彼女を取り押さえようと動く。だが、その動きは精細を欠きーー

「この星を、滅ぼしてみせるッ!」

 リアナを止めることは、できなかった。


 ……


 それからしばらくの時間が経った。

 爆弾は、リアナの手に握られたまま起動されていない。中枢サーバーを前に立ったまま……リアナは、ずっと固まっていた。

「……どうしてよ」

 そして、リアナは小さく呟いた。

「どうして動かないのよ……こんな星、どうでもいいのに……」

 気づけば、涙が滲んでいた。爆弾を持つ手が震え、手首には落ちてきた涙が伝う。

 設置できない。これを設置したら地球が終わるとわかるから。自分の星のように、ラスタ・レルラが攻めてくるとわかるから。仲良くしてくれた地球人たちが……辛い思いをすることがわかるから。

 リアナは、爆弾を設置できなかった。

「あたしは、どうすればいいのよ……どうすれば、正解なのよ……」

 とうとうリアナは膝をついて泣き始める。拭った手に、メイクが擦れ移る。どんどん自分の顔がパンダのようになっていくのがわかる……それでも、流れる涙は、止まらなかった。

「……誰か、助けてよ……」

 そして、呟く。

「お願いだから……誰か、助けてよぉ……」

 ずっと……胸に秘めていた、言葉を。

 シュッ……

「ッ! リアナッ!」

 瞬間、咄嗟に振り上げたハツネの脚に、何かが弾かれる。

 それは投擲武器。所謂クナイの形をした武器だった。

「ッ! 一体何が、ッ!?」

 そしてリアナもその気配を感じ取った。

 自分に近づいてくる……不可視の気配を。

 バッ! シュバァァッ!

 ふと咄嗟に飛び退いた箇所へ向かって蹴りを加える。刹那、体へ走る手応え……そしてリアナは、サーバールームに自分以外の誰かがいることを理解したのだった。

「ほう、中々やる……流石は格闘術に長けた星の出身の姫、というべきか」

 そして姿を現したのは、顔に布を巻いて顔を隠した男……大幹部ローラの部下、キサラジだった。

 キサラジは手にクナイを持ったまま構える。

「だが、裏切りを含め予想の範囲内だ……」

「ッ! ま、待って! 今のは少し躊躇しただけで……やるわ、ちゃんとやるッ! だ、だから……」

「そんなことを言っても無駄だ。貴様の処分は既に決定しているのだからな」

「ッ! そ、そんな……ッ!」

「もとより貴様の働きなぞに期待しておらぬ。だが皇帝陛下に代わり礼を申すぞ。貴様が我らに大人しく従ったおかげで……我らセレーラは、『鋼衣』の大量生産用の資源を十分に採掘できることが出来たのだからなぁッ!」

「ッ!」

 そして、リアナはやっと気づく。

 自分は、実験台にされていただけだと。自分の力で手に入れたと思っていた地位さえも……『鋼衣』の実用実験のための口実に過ぎなかったということを。

「爆破も問題ないッ! ここで起動させれば済むことよッ! はぁッ!」

 そしてキサラジは多数のクナイを一斉に投げる。降り注ぐクナイを前に、リアナとハツネは冷静に会費行動を取っていく!

「隙ありッ! はぁッ!」

 ハツネはクナイを投げたキサラジのわずかな隙を狙って側面から蹴りを入れようとする。だがキサラジはそれを読んでいたとばかりに投げたばかりの手でハツネの脚を掴み、そのまま投げ飛ばそうとするッ!

「はぁッ!」

「く……ッ!?」

「ッ、ハツネッ!」

 瞬間、リアナの身体が動く。脚を掴まれ豪快に投げ飛ばされたハツネを、リアナは身体で受け止める。刹那、リアナの身体に衝撃が走る。

「か……ッ、くっそ、痛いのよ全身鋼鉄人間……ッ!」

「う、煩いですね……ハッ!」

 そう会話する二人へ向かって、キサラジは突進する。手にはクナイ……その視線の先には、リアナの握る爆弾がある!

「これで終わりだ……裏切り者めッ!」

「ッ!」

 そしてリアナは……咄嗟に爆弾を庇う。

 自分の身体で……爆弾を守ろうとした。


「うわぁぁぁぁぁぁッ!」


「ッ!」

「むッ!?」

 その時だった。

 突如誰かがキサラジへ向かって突進してくる。リアナは目を見やる。そこにいたのは……勇だった。

「ふッ!?」

「うわぁッ!?」

 突進した勇をバックステップで避ける。そして勇の身体はそのまま地面を転がっていき、リアナたちの元へ辿り着いたのだった。

「ちょ、ダーリン、どうして、いつからここに……!?」

「今さっきッ! ハツネさんが帰ってくるの遅いから探してて……っていうか、何この状況!?」

「え、ええとそれは……ああもう、面倒くさいッ!」

 顔を顰めるリアナに、だが敵は情を掛けない。体勢を立て直したキサラジは、さらにリアナたちへの攻撃を仕掛けてくるッ!

「はぁッ!」

 だがその時、ハツネが間へ割り込んでくる。クナイを持つ相手の腕と、ハツネの腕が交錯する。ぶつかりあった衝撃音が響く中、勇はリアナの肩を支える。

「と、とにかく逃げよう、リアナさん!」

「は、え、ど、どうしてこんなこと……」

「そんなの、決まってる!」

 そう言って勇は前を向く。

「困ってる人を、見逃せないから!」

「ッ!」

 そして勇とリアナはサーバールームから出て行こうとする。

「待て、逃がさぬッ!」

「はッ! 隙ありッ!」

「ぐ……ッ!?」

 二人を追おうとしたキサラジの腹部へ、ハツネは身を屈め正拳突きを加える。それを避けきれなかったキサラジはまともにダメージを受け、地面へ転がってしまうッ!

「あなたの相手は私ですッ! 覚悟ーー」

「ちぃッ!」

 しかしキサラジは何かを地面に投げつけ、瞬間、濃い煙が当たり一面を覆う。煙幕を張ったのだ。

 ハツネはすかさず相手の一番の狙いであるサーバーを守ろうとした。だが、相手の気配を感じない。刹那、ハツネはもうこの部屋にキサラジがいないことを悟ったのだった。

「勇たちが危ない……ッ!」

 そう気づいたハツネはサーバールームを飛び出そうとする。

「確か音はこっちから……ん? おいハツネ、何やってんだ?」

 そして部屋を飛び出した瞬間、廊下で海堂副司令に呼び止められたのだった。


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