第2.5話 整備員たちの苦悩

「テラレグルスの帰還確認、これより収容作業に入ります」

 深度100mの海の中、そんな通信がテラレグルスに入る。

 戦闘が終わった僕らは海の中へと向かった。GVの機体基地がこの東京湾の中にあるからだ。

 そして機体基地を前にした僕らへ、収容用の扉が開く。その中へ機体を進め、ある程度まで通路を進むと停止を示す音が鳴る。それに合わせて僕らは機体を停止させ着地、すると後ろの扉が閉まり、通路から海水が排出される。あっという間に空気が充填されると、すぐに整備員らしき人たちが一斉に奥の扉から出てきた。

「急げー早くバラすぞー!」

「はい、テラレグルスこっちに来てー! 装備外す用のアームがあるからねー!」

「おいA班何してんだ! もう整備始まってんだぞー!」

 喧騒に包まれる中ハンガーの中へ僕らは進むと、すぐに解体作業が開始された。

 まずはドラゴンホーン。頭を守る兜の役割を持つ装備が、クレーンに誘導されて外されていく。

 だが。

 ギィイイイ……ッ!

「おいクレーン! 戻れッ、壊れる、蝶番が壊れ……あーッ! 連結部分がーッ!」

 ガチャァアアン……ッ!

 どうやらクレーンが変な方向へ行ってしまったせいで連結部分が壊れてしまったようである。整備班の人たちの悲鳴がハンガーに木霊する。

「おい待てなんで修理始めてんだ!? 一旦外せ! まずは装備の解体からだ!」

「バッキャロー! 装備を歪んだままに出来るか! 数分で終わらせるから待ってろ!」

「ふざけんな、後の整備のことを考えろよクソヤロー!」

 そんな怒鳴り声が鳴り響く中、機体の中に待機していた僕はハツネさんに聞いてみた。

「え、えっとハツネさん、装備が壊れたらしいけど、痛くないの?」

「いえ、全然痛くないです。あれはあくまで装備なので、私には影響ありません」

「そ、そう、ならよかった……」

 ハツネさんの返答はあっさりしていたので本当に何ともないのだろう。少し安心しながら待っていると、やっとドラゴンホーンを外すことに成功したらしく、次はドラゴンドレスの解体に移った。

「ゆっくり外せよー! 翼の接続部分はかなりデリケートだからなー!」

「あぁ、羽毛が落ちた! や、やべぇ、組み立て班に怒られる!」

「おい、集中切らすな! 羽毛は元々取れやすくなってるみてぇだから後で回収しとけ!」

 そう言い合いを続けながら翼のドレスを外していく整備班の人たち。

 だが、こちらから見るとクレーンを使って脱がせてるその姿に少しいかがわしさを感じなくもない。

「あ、あの、ハツネさん、大丈夫……?」

「うん? 全く痛くも痒くもないですよ。ただ脱がせてもらってるだけですし」

「で、でも女性ってこういうの恥ずかしいんじゃ……」

「ただ装備を外してもらってるだけです。恥ずかしいも何もありませんよ」

 またもそうすまし顔で語るハツネさんに、「あぁ、そういうものなのか……」と納得してると、接続されていた背中のコネクト部分が外される。そして鳥形のドラフェザーが僕らから離れていき、さらに次の作業へと入る。

「次、ドラゴンブーツ! 行けるぞー!」

「あ、おい待て、これ……ぎゃーッ! ブースターの中燃えてるーッ!」

「うわマジだ! 消化班、早くーッ!」

 なんとドラゴンブーツのブースター部で火災が起きてるらしい。幸い早期発見できたおかげか皆冷静に対処できている。金切りじみた悲鳴は相変わらずだが。

「……そっか、よく考えれば僕もハツネさんと繋がってるから、痛みと熱さを感じてたらわかるはずだよね」

「そういうことです。現在感覚器の権限は共有していますから、何か異常があったらすぐにわかるはずですよ」

 そう何の気なしに答えるハツネさんをよそに、整備班の人たちは火災と絶賛格闘中だった。

 誰かが消化用に流入させる海水の量を間違えたのか、整備員さんの腰の辺りまで海水は入ってしまっている。必死に濡らしてはいけない電子機器を持ち上げて怒鳴り散らす姿に、僕は涙を流しそうになってしまった。

「はぁ、はぁ、はぁ……つ、次で最後だ……ドラゴンアーム、解体……」

 もはや息も絶え絶えになりながらさらなる解体作業に入る整備班。だがここで問題が起きる。

「……おい、ドラゴンアームが抜けねぇぞ」

「は? おい待て……まさか内部フレームが歪んで……」

「あぁぁあああああああああッ! だからあんな無茶な必殺技インプットすんなって言ったのにぃぃぃぃぃぃぃッ!!!」

 そう。どうやらドラゴンアーム内の鉄骨フレームが歪み、腕に引っかかって分解できなくなってしまったようだ。

 すぐに集まり始める整備員たち。あーでもない、こーでもない、もう嫌だこんな仕事ー、ふざけんな今日残業確定じゃねぇか、お母ぁさぁぁぁんなどの悲喜交々とした叫び声が聞こえる中、整備員の一人がトボトボこちらへ歩いてきた。

「すいません、今からチェーンソーで解体します……機体には当たらないようにしますが、万一近づいてしまった場合は教えて下さい……」

「あ、はい……」

 その低い態度に僕は思わず気まずげに答えてしまう。

 壊しちゃうのか、この腕……実際に必殺技を出してしまった張本人である僕は申し訳なく思ったものの、正直今僕に出来ることがなかったのは確かなので、そのまま彼ら整備員たちに任せることにした。

「……あぁぁぁぁぁッ! この糞職場ぁぁぁぁぁぁッ! 俺の幸せの邪魔をすんじゃねぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 ブゥウウウウウウウウウウンッ!!!

 解体用の巨大チェーンソーを操る整備員が、渾身の叫びを込めながらドラゴンアームの装甲を切り裂こうとする。

 だが、流石ラスタ・レルラ戦闘用に作られた装甲だ。ほとんど傷すらついてない。

 あれだけの敵の猛攻を凌いだのだ。それはそれは相当強い装甲なのだろうが、今はそれが完全に仇になり、全くチェーンソーの刃が通ってない。

 そしてガキィィィンッ! と鋭い音がなったのと同時にチェーンが弾ける。それと同時に、また整備員の人たちの悲鳴が響いたのだった。

「……勇、しりとりでもしますか?」

「え!? 今!?」

「ですが正直かなり暇です。別に私たちがすることもないですし、今はこの余った時間を有効に使うべきでしょう」

 それでしりとりって……。

「せ、せめて今日の授業の復習にしない? 色々あり過ぎて忘れてることも多そうだし……」

「わかりました。では始めましょう。まずは古典から……」

 そこから僕らは本当に脳内復習を始めた。ハツネさん普通に頭がいいんだな……そんなことを想いながら脳内で今日習った徒然草の内容を振り返ってる間、またも整備員さんたちは輪を囲んであーだこーだ言い合いを始めていた。ごめんなさい整備員さんたち。

 そしてまたもトボトボと整備員さんが歩いてきて説明を始める。

「えっと……少し時間は掛かりますが装甲の継ぎ目から解体することになりました……あの、そちらから一旦腕を離したまま装備を接続状態にできませんか……?」

「あ、はい……」

 そう言われて僕は腕を離した状態で、ドラゴンアームをレグルス・スパイラルの両腕合体状態に変形させる。まさかこんなに早く二回目の必殺技を発動するとは。

 勿論両腕を合わせてないのでドラゴンアームの一部が回路部分を剥きだしにした状態になる。

 そこに、整備員たちが群がる。

「ひゃっはーッ! 柔らけぇ部分が出たぞーッ!」

「急げ、こっからはタイムアタックだ! 早く終わればその分家で寝れる時間が増えるぞー!」

 そんな雄たけびと共に整備員たちが僕らの両腕へと群がる。そしてスパナやラチェットレンチを振り回しながら、どんどん解体作業へ取り組んでいくのだった。


 ……


 そこから約30分。軽く今日の授業の復習が終わったタイミングで、ようやくドラゴンアームの解体作業が終わった。やっとドラゴンアームを外した整備員たちはやっと解体を終えた達成感とこれから始まる整備の作業量の絶望感に項垂れていた。

 そしてこの状態になって僕らはやっと変身を解除できた。地面に降り立った僕らは、地面に突っ伏す作業員たちに頭を下げながら、僕らは整備室から出ていく。

 後に残ったのは、ボロボロになった装備たちと、片腕4等分、合計8等分ほどに切り裂かれたドラゴンアームだけであった。

「勇、次はもっと頑張りましょうね」

「え? な、何を?」

「勿論、この星を守るための戦いです。今日は悪くなかったですが、これからラスタ・レルラたちとの争いは激しくなる一方でしょう。故にもっと訓練をして強くなりましょう。そうして、地球の平和を勝ち取ってみせるのです」

 そう鼻息を荒くするハツネさんを後目に、僕は苦笑いを零す。

 ……もしかしたら整備員さんたちの本当の敵は僕らかもしれないな。

 そんなことを考えながら、僕らは呼び出された司令室へ向かって歩いていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る