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 アパートに戻ると、照須が、夕日が差し込む部屋の中でまだ、仕事をしていた。しっかりとした霊能探偵社としてのホームページを作るのだと一生懸命なその姿に、ゆうは複雑な思いだった。探偵でもないのに。それに、霊的な力を使えば、自らの生命力を削ることになるということは、照須には秘密にしてあった。

 自分の力を使い、人助けならぬ霊助けをしたい、そのことを照須に伝えてからというもの、彼女は張り切っている。彼女の心からは、ゆうさんの力になりたい、という想いがひしひしと伝わってくる。

 だから、言えなかった。それに。すべて、覚悟の上なのだ。いまの生き方しか、ゆうには選択する術がなかった。本当は、照須に打ち明けたかったが、彼女に言えば、止めるに決まっている。

 「ねえ、あんまり、根をつめないでね」

 集中しすぎて、扉の開く音も聞こえなかったようだ。

 「あ、おかえりなさい、ゆうさん。いいタイミングです、ゆうさん。ちょうど、聞きたいことがありました」

 「何?」 

 「浮遊霊の属性というものについてです。記憶、意志、感情、思考、おおよそ人間の心を形作っている要素の度合いによって、浮遊霊の在り方が違ってくるという解釈は間違っていないでしょうか?」

 彼女は昔、勉強の子だった。真面目でがり勉タイプ。自分の容姿は人より劣っているとういう、自分に対するマイナスの自己イメージが、一種の反骨精神にもなっていた。知識を集め、吸収しそれらで心を武装することが、彼女のアイデンティティを支えていたのだ。けれど、どこかでバランスを崩してしまった。彼女もやはり、女性だった。女性として魅力がないという思い込みからくる、彼女の劣等感は心の隙を作り、そこから浅ましい浮遊霊に次々に侵入されてしまった。

 「たとえば、自分が死んでしまったことに気づいていない霊は、それらすべてを薄めた形で持っている。それらは、物質としての脳細胞のネットワークの中だけに宿るのではなく、超物質としての媒体に宿り、この世をしばらく彷徨うのだと。

 また、激しい憎悪を抱いて死んでいった魂は、その憎悪が中心となり、人魂のように物質化することもある。この二つの浮遊霊は、属性が違う。同じ浮遊霊でも、いろいろなタイプがあって、それに応じた対応が必要だと、ゆうさんは教えてくれました」

 そう、彼女に取りついた浮遊霊の群れは、劣等感という感情の断片の寄せ集めだった。照須の心の暗い波長が、それらを呼び寄せたのだ。そうして、やがて拒食症になり、痩せ細っていった。すべてに自信が持てなくなり、やる気も失い、自殺を考えていた照須と出会ったのが、ほんの一年前。それは、たまたまの巡り合わせだったけれど、ゆうは、彼女の心を救ったのだった。彼女の性質に応じたやり方で。

 「人間も、同じじゃない? 褒められて怒る人間もいる。けなされて奮起する人間

もいる。本当は、分けることなんてできない。認識は、世界を分割してしまう。でも、そうしなければ、わたしたちは生きてはいけない。強い憎悪に凝り固まった浮遊霊も、その形で固定されているわけではない。だから、救える。分類するのは、ただ、説明するためだけにそうしているに過ぎない。そのことを、忘れないでね、照須」

 知識を持てば持つほど、偉くなったように錯覚してしまいがちだ。照須は、頭が切れる子だ。いまは、昔以上に学習意欲が戻ってきている。哲学、数学、物理、歴史、何にでも興味を持つのはいいことだが、それが、本質を見抜く能力を失わせてしまったら、元も子もない。

 「ほら、コロッケ。一緒に食べようか」

 ゆうは、照須の目の前に、彼女の好物のコロッケを、差し出した。出来立てのコロッケのふっくらした匂いが、十畳もない部屋の中で少しだけ主張する。この近くにある、総菜屋のデリカで買ったものだ。照須は、オーガニック素材のみで作る、ここのコロッケが大好物なのだ。もちろん、ゆうも。一つ、百円もしないのに、二人にとっては豪勢な食事なのだった。

 照須が、目を輝かせながら頷くのを見て、ゆうは優しく微笑んだ。

 いまは、もう一人じゃないのだと、ゆうは嬉しく思う。ゆうの能力を知ってなお、ゆうを理解しようとしてくれる照須に。側にいてくれる照須に。

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