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 眼鏡の奥から疑り深そうな視線が、久弥を値踏みするように見つめていた。学生風の制服に、ほとんど化粧っ気のない童顔の顔。いまにも、ぶつぶつと念仏でも唱えそうな仏頂面に、久弥はいささか辟易していた。  

 「だから、君に話しても仕方がないじゃないか。ここに、堂島ゆうさんって方がいると聞いて、仕事を依頼しにきたんだ。いるんだったら、会わせてくれないかな」

 「まだ、審査が終わっていません」

 久弥は、ため息をはいた。古い木造のアパートの一室だった。とはいっても、年季が入った建物で、フローリングに使用された米松やヒノキに塗装されたオイルから、微かな甘い匂いが漂っていた。部屋の中は簡素で、壁の一面に設置されたマホガニーのマントルピースが場違いに目立っていた。一目で高価なものだと分かる。逆に、高価そうなものといえば、それしかないような部屋だった。窓からは、午後の強い日差しが差し込んでいるというのに、水一杯出されていなかった。

 「審査って、一体、何を審査するんだ?」

 「あなたが、危険な人物ではないかどうがです。ゆうさんに、危害を加えるような人物の可能性があります。あなたは、男です。ゆうさんに、手をださないとも限りません」

 棒読みのくせに、かちかちと耳に響いてくる声だった。久弥は、ポケットから煙草を取り出し、とんとんと底を叩いた。

 「ここは、禁煙です」

 「は? ああ、灰皿ないもんな……。とにかく、俺はいま、何か得体のしれない気味の悪い現象に巻き込まれて困っていて……だから、とにかく、そのゆうさんって方に会わせてくれ」

 バンっと、目の前に一枚の紙が置かれた。

 「では、契約書にサインしてください。あなたが、ゆうさんに万一、手を出した場合の罰則が記載されています。それから、わたしに手を出した場合にも」

 「は? 君、何歳?」

 「言う必要はありません」

 「名前は?」

 「わたしは、堂島ゆうの身の回りの一切を任されている、助手の曾倉照須です」

 全くとらえどころのない、そくらてるすと名乗った少女を前に、久弥は、言われたとおりに契約書にサインをした。

 部屋は空調も効いていないのか、熱気が籠り、肌が汗ばんでくるのを久弥は、感じていたが、曽倉輝須と名乗った少女は、汗ひとつかいていないかのような涼しい顔をしていた。

 「で、これで、堂島ゆうさんに会わせてくれるのかな?」

 久弥が問うと、照須は、鉛筆でデッサンをするように、さらさらと紙片になにやら書き込んでいる。そうして、書き終わると、それを、テーブルの上に置いた。

 「ゆうさんは、この近くの河原にいると思います。河原までの地図と、いそうな場所に赤い点を記しておきました。今日も黒で身を固めて出かけていきましたので、会えば、すぐに分かると思います」

 「え? 俺に探せと?」

 「いま、わたしは資料整理に忙殺されています。申し訳ありませんが、そういうことです」

 そう言うと、彼女は一礼してから立ち上がり、邪魔された時間分を取り戻さんとするかのように、妙に背もたれの長い椅子に座って、PCをかちかちとやり始めた。

 ふいに、右腕にみみずが這うような感触を感じ、視線を向けると、ぼわっと白い手が久弥の手首に巻かれていた。何なんだよ……くそっ。久弥は、毒づきながら立ち上がった。

 依頼金がいくらかかるか分からないが、とにかく、霊術師やらという堂島ゆう、という女に会ってみるしかなかった。


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