第9話

「みどりさんが・・・いない。何処へ行ったのかしら?」

 刀根尚子警部補が周りを見回した。ビッグ・オランの仲間たちをみどりは打ちのめし後、何処へ行ったのか・・・いない!二十人ばかりの男たちはラン、ビビそしてみどりが完膚なきまで叩きのめした。みどりの木刀で足首が折れてしまったのか、まだ歩けないで石畳の上に倒れている者もいた。でも、みどりは・・・見当たらない。御社の周りにも千鳥掛けの柵の辺りにも、いない。この日の朝方霧雨が降った。石畳の上はもう乾いてしまっていたが、土の所はまだぬかるんでいる所があり、水たまりが見られた。空を見上げると、杉の合間から星が輝き、月が白く輝いていた。

 「ほう・・・またとない夜のなりそうだ」

 武藤条太郎は、なぜか笑みを浮かべた。

 今夜は右弦の三日月で、神秘的な淡い光芒を放っていた。

 ワン・・・ワン

 ニャー

 ビビが素っ頓狂な鳴き声を上げた。

 その方を見ると、みどりが木刀を持ち、一方には、ビッグ・オランだった。立ち並ぶ杉の木立の合間に、互いに向かい立っていた。そのビッグ・オランの手には大きな剣を持ち、凄い形相をしていた。

 「娘、それで、俺をやっつけることが出来るか!」

 こう宣告すると、ビッグ・オランはみどりに覆い被さるように襲い掛かって来た。

 みどりはビッグ・オランの剣を木刀で受け止めた。

・・・のだが、みどりの小さな体は一瞬にして十メートルばかり飛ばされてしまった。

「いかん・・・」

祖父の武藤条太郎は、

「みどり、これを使え・・・」

みどりの身長くらいの長さの剣を、みどりに向かって投げつけた。

みどりは、

「お爺さま・・・」

自分に飛んで来た剣を見事に受け取った。

「あれでは・・・闘えないのでは・・・?」

こういう龍作に、

「大丈夫です。あれでも、あの子の練習用の剣です。まあ、見ていて下さい。それに・・・」

条太郎は対峙する二人の間にある水たまりを見るように、龍作に眼で合図した。

「どうやら、信州の自然が、あの子の遊び場も、あの子に味方してくれるようです」

ビッグ・オランは、流石に何かを感じ取ったのか、

「娘・・・お前は・・・何者だ?」

みどりは応えない。その必要を感じなかったのだろう。みどりは、この時点で、

「勝てる!」

と、判断したのかも知れない。幼い表情は自信に満ちている。

左足をわずかに引き、左八双のかまえをしている。

 「ふっ、変わった構えをするな」

 「あれは・・・」

 「我が武藤家に伝わる剣法で、門外不出のものです。みどりは身体か小さいが、あの大男に対して勝てないまでも、手首くらいは打ち落とすでしょう。まあ、見ていて下さい」

 (・・・そうかも知れない)

 だが、念には念を入れなければいけない・・・

 「ラン・・・ビビ・・・」

 龍作は声を掛けた。二十人の仲間はみんな捕まえた。ランが傷つけたものは五人・・・中には首を切られ、重傷の者もいた。顔を掻きむしられたものは二人いた。五人は、龍作が倒した。後は、みどりが打ちのめした。

 「娘、覚悟しろ!」

 ビッグ・オランは身体が大きい。そのわりには動きは素早い。剣が縦に横に振り回されるが、みどりは右に左に逃げ回り、ビッグ・オランとの距離を測っていて、一定の間合いを保っていた。

 みどりは杉の木立の間を動き回っている。時々、ビッグ・オランの振り回す剣の刃風で、みどりの髪が乱れて、時には髪が切れ飛んでように見えた。

 「チッ、うるさい奴らだ」

 ランとビビのことである。

 勝負の瞬間が来た・・・みどりは感じ取った。

 「いい・・・行くわよ」

 この瞬間、みどりは剣を脇構えー陽の構えとし、ビッグ・オランから剣を隠し、前に走った。そして、すぐにみどりの剣は下段八双に変えた。みどりは剣を左下段八双のまま、ビッグ・オランに向かって、迷わず走る。

 みどりの眼はビッグ・オランの足元の水たまりを捉えた。彼女は剣をその水たまりに突き刺し、向かって来るビッグ・オランに飛ばした。

 水は見事に、ビッグ・オランの眼に掛かった。

 「チッ!」

 一瞬、ビッグ・オランの動き気が止まった。

 みどりは剣を支えに右弦三日月に向かって、飛んだ。

 彼女の剣は三日月の孤に沿うように振り上げられた。彼女の剣に、三日月の白く怪しい輝きが反射して、ビッグ・オランを捉え続けた。

 剣が孤を描き切ると、反転し、今度は孤の内側に沿うように剣は振り下ろされた。

 しかし、彼女の剣先が反転した瞬間、三日月は鋭く光り、その強い光輝はビッグ・オランの眼をつぶした。

 「ワッ・・・」

 ビッグ・オランは溜まらず倒れ、のた打ち回った。

 「娘・・・」

 ビッグ・オランは体制を整えようとしたが、立ち上がれない。

 この時、

 「まだよ」

みどりの剣は、まだ終わっていない。

彼女の剣は三日月の孤の内側に沿うように振り下げられた。彼女の剣に、三日月の白く怪しい輝きが反射して、ビッグ・オランを捉えたままだ。

 この間、二三秒、いや、一秒足らずだった。

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