第7話

龍作は、この少し前に、御社の杉の木の陰に隠れ、何かが・・・

いや誰かがやって来るのを待っていた。

 「奴らは・・・必ず、来る。そして、生贄が御社に運び込まれるのを、その眼で確認するはずに違いない」

 龍作には、その確信があった。

(今の時代に・・・生贄なんて、そんな馬鹿なことがあるはずがない)

御社への石畳の道をぞろぞろと歩く音が聞こえて来た。

「来たか・・・」

二メートル以上もある白い毛の生えた大男を先頭に二十人ばかりの男が、ぞろぞろと御社に向かって来る。それぞれが剣や鎌などの武器のようなものを持っていた。男たちの体はガタイががっしりとしていて、剣を抜きはらって気持ちを高めているものや鎌を器用に振り回すもの・・・その振る舞いや動作は手慣れたふうに見える。

「よし」

龍作は呟いた。彼と同じように坂上村の人々も、御社を遠巻きに囲み、隠れていた。

ビッグ・オラン・・・つまり大猿たちの仲間は無言のまま、御社の中に入って行った。生贄の入った長櫃が御社に入るのを待つようだ。その時まで、御社の奥で隠れているようだ。

御社の周りには人がいる気配はあったが、静寂そのものであった。奴らが気負っていなかったら、人がいる気配に気付かれたかもしれない。

龍作は彼らが御社の中に入ると、手を上げて合図をし、伐採された杉の枝で隠した千鳥掛けの柵を御社の周りに姿を現した。千鳥掛けの柵の木の先を尖らした方を、御社に向けた。二重三重に設置した。これで、中にいる奴らは逃げられない。ただ、一か所だけ、大猿たちの逃げ道を開けていた。石畳の道である。

「奴らは、この道を通るしかない」

「ふっ・・・」

龍作は笑みを浮かべた。

 神官や役職の人たちによって、長櫃が担がれて来た。龍作は、

 「いいかい、みどりさん、大丈夫だから。ビビ、いいね。ラン、頑張るんだ。すぐに私が助けに行くから・・・」

 長櫃の中に隠れる少女とビビとラン。ちょっぴり不安そうな眼でいるみどりだが、彼女はしっかりとビビを抱き寄せている。愛用の木刀を握る手に力が入る。

 「ビビちゃん・・・」

 ニャー

 龍作はみどりに、

 「大丈夫だ。この子たちが必ず君を守ってくれるから」

 と、元気づけた。

 ランはみどりの横に伏せ、その時をじっと待っているふうに見える。


「いいかい」

という龍作に、ビビもランも返事をしない。彼らも、心の準備が出来ているようだ。

 長櫃は御社の中に入った。

 少しして、御社から神官や役職の人が長櫃を残し、御社から出て来た。

 龍作は御社の扉の前に低くして、隠れ、中に様子を窺った。

 この時期の信州の空気は、秋の香りが漂っていて、人をほっとさせる気分がある。だが、今は、そんなことはない。一瞬、むっとする不快な気分に襲われる。何処かでムクドリが鳴いている。ムクドリが信州の自然に、彼らなりの役割を果たすのは、今しかなのかもしれない。

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