第6話
その頃・・・
ピックルはある大きな杉の木の遥か上の枝に隠れ、遥か下の方・・・地上で群がる人間たちの様子を見つめている。
そこに集まっているのは、二十人ばかりのごつい感じのする男たちであった。みんな体が大きかった。ただ、その中に、周りの者たちより馬鹿でかい体をした・・・二メートル以上もある大男がいて、身体中から白い毛が生えていた。大猿ではなく、間違いなく人間であり、どうやら、その大男が首領のようだった。大男を取り巻くのは、ある者は硬そうな木切れを持ち、またある者は鎌とか杉の木の枝を伐採するのに使う刀のような武器を持っていた。中には、日本刀を持っている者もいた。
「いいか、俺の言うとおりにすれば、きっとうまく行く。お前たちは俺のいうとおりにしろ。簡単な仕事だ。長櫃の中に入った娘をさらって来るだけだ。ちゃんと謝礼はやる」
白い毛の大男はいうが、この大男・・・普通にしゃべっているのだろうが、声が大きい。
ピー
誰かが鳥の鳴き声に反応した。二三人が杉の木の上の方を見上げるが、何も見えない。さらに辺りを見回し、もう一度顔を上げるが何も見つけられないようだ。
「ビック・オラン・・・」
一人のガタイの大きい男は、大男をこう呼んだ。どうやら、首領の名前らしい。
「すでに、社の中に置いてある長櫃の中にいる娘を引っさらうだけなのですね。守るものは誰もいないのですか?もし・・・いれば、我々はそこにいる奴をやつつければいいんですね」
刀剣を持った若い男がいう。白い毛の大男は、どうやらビック・オランというようだ。
「そうだ。ただ、誰も来ないかも知れない。俺はそれだけの脅しを掛けて来たからな」
「誰もいなかった時でも・・・それだけで謝礼を・・・」
ビック・オランという男は、
「心配するな。俺は約束を守る。前金として、それぞれに百万円を渡してあるではないか」
集まっているのは、二十人ほどだった。
「お前たちは、俺が選んだ選りすぐりの者たちだ。お前たちはあらゆる武術をやっていたから、俺はこうして連れて来たんだ。ある者は、今の時代で一刀流の達人といわれる者もいる。ここまでするのは、俺が用心深いからだ」
みんな互いに見つめ合い、頷きあった。
「長櫃を持って来る日にちと時間は、奴らに言いつけてある。それまでは・・・まだ時間がある。みんなは、ゆっくり体を休めよ」
生贄が差し出される日がやって来た。
といっても、何もこれといった行事はない。
この部落・・・坂上村ではしばらく途絶えていた秋祭りを復活させるか・・・話し合いが行われた。実際、自治会でそういう話し合いが行われたのだが、復活させるべき・・・異論が相次いだ。それには、それなりの理由があった。
二年前に、坂上村に住む、やはり十歳の女の子が行方不明になった。まだ、見つかっていない。
途絶えていた生贄の伝説がどういう経緯で、今の世に知れ渡ったのか、坂上村の誰も知らなかった。二年前に消えた女の子の事件と平安の古い伝説とがどういう関係があるのか、また今度の大猿の脅迫の主は誰なのか分からない。伝説では、生贄になった女の子は切り刻まれ、大猿たちに食べられてしまうということだったのである。今度もそうなるのか・・・行方不明になっている女の子がどうなっているのか、いろいろ考えると、誰もが恐ろしくなるばかりである。
今は昔の平安の頃は、通り掛かった東国の荒武者が助けてあげよう、と申し出た。
「その代わりに、その娘を私にくださるか?人の命は大切です。まして、その子はまだ若い。私がその人を助けてあげます。その代わり、娘を私に下さい」
と申し出た。
「大猿に切り刻まれ食べられるよりは増しです」
と、生贄に選ばれた娘の親は承諾したのです。
その日の数日前、清めのために、社殿の周りに注連縄を張り、
「誰もここに近寄って来てはなりません。この社殿の中に入ってはなりません」
といい、何日も娘と二人でい続けました。
東国の荒武者は有能な犬を選び、生きている猿を襲い食べる訓練をさせました。何日も何日も、同じ訓練をさせました。
東国の荒武者は剣を研ぎ、闘う準備をしています。東国の荒武者は、娘に、
「あなたの身代わりになって死ぬのは、少しも命は惜しくはありません。でも、あなたとこんな形で知ることになったのですが、いや、もしものことが私にあれば・・・このままあなたとお別れになるのは哀しくて仕方がありません」
と、嘆き悲しんだ。
祭り当日になり、神官や関係した役職の人々が娘を迎えに来て、娘を長櫃の中にいれようとしたが、
「待って下さい。その中には、私が入ります」
といって、長櫃の中に入り、東国の人は、訓練を終えた二匹の犬も入れた。
「今こそ、我が命に代って、死ね」
二匹の犬は唸り、その気持ちに応えた。
長櫃を御社に持って行くと、神官が祝詞をおごそかに上げると、神官やその他の人々は、御社から出て行った。
今は昔の伝説のように、この時代に同じことが行われようとしていた。
まず長櫃の中にみどりが入り、その横にランが伏せた。ビビは、みどりを抱いている。みどりは祖父条太郎から渡された愛用の木刀を渡された。
この時、
ピー、ピックル・・・
すぐに龍作が気付き、
「来たな!」
肩に止まり、
「ピ、ピー・・・」
と鳴き始めた。
「なるほど、な。やはり、大猿ではなかったな。よく、やったな」
ピックルがまた飛んでいくと、
「これで、よし・・・ビック・オランとは、恐れ入った名前だ」
龍作はニンマリと口を緩めた。
龍作は長櫃の中に入らない。なぜなら、村民にこの後の指示をしなければならないからである。
長櫃の中では、
「お兄ちゃん」
ビビは哀しい鳴き声をした。
ワンワン
ランはビビに吠えた。
長櫃を閉める前に、
「ビビ、ラン、頼むぞ。みどりさん、いいかい、敵は大猿なんかじゃないから・・・。私は近くにいるから。気持ちを確かに持つんだ。ここを見てごらん。この穴から外の様子が見えるからね」
と、念を押した。みどりの顔の横辺りに、少女の親指位の太さの小さな穴があけられていた。
「分かりました。大丈夫です」
みどりは頷き、片方の手にはビビを抱き、もう片方の手には愛用の木刀を握っていた。
長櫃の蓋は締められた。
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