第4話

奇策があった。

 九鬼龍作は、

「私にいい考えがあります。ええ、大丈夫です。きっとお嬢さん・・・お孫さんを守って見せます。相手がだれであろうと・・・。東の国の男は、娘を私に下さいといったそうですが、私はそんなことは言いません」

 と、言い切った。

 武藤条太郎は龍作の自信に満ちた態度に驚き、眼を丸くしている。はなしに伝わる伝説は、先祖の武藤三郎左衛門尉の面影が条太郎の脳裏に浮かぶが、伝説はもっと昔のはなしである。怯えを知らないこの何処からかやって来た男は、体の中から逞しい雰囲気を醸し出していて、動きにも無駄はなく言葉もてきぱきと話している。そして、時々ふくよかな笑みを見せている。黒猫は、この男の相棒なのか、

 「ビビ」

 と時々呼び掛けている。

 そこへ、

 こんな山奥に見知らぬ車が入って来た。運転しているのは、女だった。

 「やっと、着きました」

 車から出て来たのは、刀根尚子警部補だった。そして、助手席から飛び出して来たのは、コリー犬のランだ。

 喜んだのは、ビビだ。すぐにランに飛びついて行った。

 ニャニャ

 ビビはランの首にしがみつき、ランに甘えている。

 その姿を見て、武藤みどりは驚いている。

 「まるで、姉妹のようね」

 と呟いている。

 ニャオー

 ビビはランをみどりに紹介したいのか、ゆっくりとみどりに近付いて行く。

 「ご苦労様です」

 刀根尚子警部補は軽く頭を下げた。

 「早速ですが・・・」

 と、言い掛けたが、龍作は止めた。

 「それは、後で聞くことにします。君の地震に満ちた態度を見れば、答えは容易に想像できるよ。それより、少女の生贄を要求している首謀者は、誰だか分かりましたか?」

 刀根尚子警部補は首を振った。しかし、

 「大猿でないことは確かです」

 「・・・でしょうね」

 龍作は苦笑した。伝説は、やはり・・・平安の世の、今は昔の奇異譚だから。

「ビビ、ラン。こっちにおいで・・・」

彼らはすぐに反応し、ラン、ビビも龍作の傍にやって来た。

ビビはランをみどりに紹介し終わると、またランに甘えている。

「ビビ・・・」

刀根警部補はビビを叱った。

「この人は・・・?」

現れた女のことである。武藤条太郎は、この若い女に不審な眼を向けた。それに気付いた龍作は、

「はは・・・警察、長野県警の人です」

条太郎の表情は一瞬強張った。こんな奥地まで警察がやって来ることは、あの事件以来まずなかったし、この村の誰も望んでいない。

「怖がらないで下さい。この人は、あなたの力になってくれるのですから」

「分かりました」

条太郎は素直に頷いた。

「刀根尚子警部補、ビビもだ・・・特にランの訓練を手伝ってくれないか!」

「分かりました。ラン」

こう呼ぶと、

ワン

と吠えた。

「こいつに頑張ってもらわないといけないからな。頼んだものを持って来てくれたかな?」

「はい」

刀根警部補は車に戻り、何やら不可解なものを持って来た。

木箱が三つとその中にはリンゴが入っていた。そして、刀根警部補はランに短刀を咥えさせた。

(・・・?)

条太郎とみどりは、それを見て、首を傾げている。

 刀根警部補がランとの距離を取るために、五六メートルばかり下がった。

 「行くわよ、ラン!」 

 刀根警部補はリンゴを一個取り、ランに向かって、投げた。

 ランは見事に、リンゴから逃げた。

 「違うのよ、ラン。投げたリンゴを切って!」

 刀根尚子警部補は手で首を切った。

 「こうやって、切るのよ!」

 「ウ・・・ワン」

 「それ、もう一度・・・」

 今度は、ランはリンゴに向かって、向かって飛んだ。

見事に、リンゴを二つに切り裂いた。

 「そうよ、ラン。続いて行くわよ」

 こんな調子で、ランの訓練が始まった。

 それを見ていた武藤条太郎は、

 「みどり、お前も・・・やるか!相手はどんな奴か分からないが、その準備だけはしておかなくてはいけない」

 といい、納屋の前に積み上げてある薪の山から一つ手に取り、みどりに投げつけた。

 みどりは祖父がそういう前に走り、積み上げてある納屋の戸に立てかけてあった木刀を手に取った。投げた条太郎は的を外さないが、みどりは手に取った木刀で飛んで来たその薪を叩き落とした。

 「すごいな!」

 思わず、龍作は声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る