第1章-13 最強のライバル、登場!


 ぼくが骨折から完全に回復した後、カオルさんがいない日がしばらく続いた。片付けが始ったり部屋の中に大きな荷物が増えたりして、バタバタしているなと思っていたら、ある日、突然、家に赤ちゃんが来た。ヒトの赤ちゃんだ。

 ショウタだけでも十分なライバルだったのに、ぼくたちにとって、最強のライバルがやってきたのだ。


 赤ちゃんは、ぼくたちよりちょっと大きいくらいのサイズで、プクプクして甘ったるい匂いがした。

 そっと覗きこんだだけでも、こらこら、と追い払われる。

 もともとここに住んでいたのはぼくたちの方なのに、なんか納得がいかない。でも、それ以上しつこく近寄るとベランダに出されちゃうから、ぼくたちは、ちょうどいい距離を保ちながら、共同生活を始めることになった。


 赤ちゃんが来る前、カオルさんとヒロさんは周りの人たちから、

「赤ちゃんが生まれたら、犬はどうするんだ?」と言われていた。もちろん、赤ちゃんを心配してのことだろう。

 カオルさんは、

「どうするんだってどういう意味かな。今まで家にいたボーたちを、そのまま飼い続ける以外にどうしようがあるんだろ?」

と怒ってくれたらしい。

「赤ちゃんはミルクくさいから、間違えてかじられでもしたら…」

なんて心配されてたみたいだけど、ぼくたちだってバカじゃない。いくらなんでも、自分と同じくらいの大きさの人間を、ミルクの匂いがするからって、食べ物と間違えて食べるなんて、するわけないじゃないか。


 カオルさんとヒロさんが、あまりに普通に「飼い続けますけど」という態度でいてくれたおかげで、ぼくたちはこのままこの家に住み続けていられることになった。ぼくたちからすれば、それは当たり前のことだけど。

 でも、一つだけ条件があった。衛生上の問題とかで、ぼくたちはカオルさんとヒロさんの寝室から出され、寝室だけは出入り禁止になってしまった。ふかふかのベッドで、カオルさんの足元に丸まって寝るのが好きだったから、ちょっと残念だったけど仕方ない。

 それから、夜だけはベランダで寝ることになった。ベランダには屋根と窓が付いたサンルームにしてもらい、ぼくとショウタのクッションも新しい小屋に置かれた。リビングとの出入りは自由にできるように、窓はいつもぼくたちが通れるくらい開けておいてくれたから、ぼくもショウタも、新しい生活のルールに従った。


 最初の夜は、やっぱりふかふかの布団の感触が忘れられなくて、ぼくは久しぶりに遠吠えをした。ショウタも真似して吠えたけど、歌うのも吠えるのも、やっぱりちょっとヘタクソだった。


 アオ~ン・・・

 ワウ・ワウ・・ワオ~ン・・・


 ぼくたちは日当たりのいいこの場所が嫌いじゃなかったから、夜になるとベランダのベッドで寝ることにすぐに慣れた。意外と聞き分けのいい、適応能力のあるお利口な犬なんだ、ぼくたちは。


◇ ◇ ◇


 それから2年後、ぼくたちはもう一人、ライバルを家に迎え、教育的指導をしつつ、ライバルだったり友達だったりしながら、仲良く育った。赤ちゃんの泣く声や、ぼくたちの遠吠えも少なくなっていった。

 

 それから10年。みんな、少しずつ大人になっていったんだ。

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