第1章-11 来るものは拒まず、走るものは追う
時々、テレビなどで線路脇を散歩していて、電車が通るたびに狂ったように回り出す犬や、猛ダッシュでとことん電車を追いかけて行ったりする犬が紹介されている。
ぼくは電車を追いかけたりはしない。大きすぎて、走ってるふうには見えないからだ。ぼくが追いかけるのは、たいていはテレビの中の動物だ。ただ、テレビに出てくる動物以外で、ぼくがどうしても追いかけてしまうものがある。
それは、自転車とバイクだ。
締め切った部屋にいても、家の前を自転車やバイクが通ると、敏感に反応してしまう。人が歩いていても気にならないが、走っている人は追いかけたくなってしまう。走る足音も気になってしかたがない。
「こんな家の中から吠えたって、しょうがないでしょ~」
ぼくが吠えるたびに、カオルさんはうんざりしたように言う。
だけど、どうしても自転車やバイクの音を聞きつけると、瞬間的に反応してしまうのだ。そして、ひたすら吠え続ける。多分、これがいけないんだろうけど、一度吠え始めるとそう簡単には止められないのだ。それで毎回、
「ボー!うるさいっ!!」と叱られることになる。
ショウタの場合は、玄関のピンポンとドアの開け閉めの音。ピンポンが鳴ると、狂ったみたいに、
ワワワワン!
ワワワワン!
と吠えまくる。
カオルさんが、ピンポンが鳴ってインタホンで「はーい」と出ても、吠えまくるショウタの声にかき消されて相手の声がまったく聞こえず、結局、玄関のドアを開けて相手を見るまで、誰が来たのか分からない。
「聞こえないでしょっ。何のためのインタホンだと思ってんのよ~」
カオルさんはピンポンが鳴るたびに、文句を言いながら玄関に行く。そして、カオルさんが玄関のドアを開けると、
ワワワワン!ワワワワン!
またショウタが吠えまくるのだ。
カオルさんとお客さんの会話は、ショウタの気が済むまで、しばらく成り立たない。お客さんたちは決まって、
「いい番犬ですね」と言う。
「そうでもないんです・・・うるさいだけで。」
カオルさんは、お客さんのお世辞を決して受け取らない。なぜなら、ショウタはさんざんアホみたいに吠えまくっておいて、そのお客さんが一歩家の中に入った瞬間、しっぽをプンプン振って、人なつっこくすり寄ってしまうからだ。
ショウタは、玄関の外の人には縄張りをものすごく主張するくせに、家に入ってきた人は拒まない。拒まないどころか、大歓迎だ。ショウタが「いい番犬」と認めてもらえないゆえんはそこにあった。
もう一つ、ぼくたちがうるさがられるのは、どちらかが吠えると、なんで吠えてるのか分からなくても、便乗して吠えてしまうからだ。
玄関のピンポンでショウタが吠えれば、ぼくもついでに吠える。
バイクが通ってぼくが吠え始めると、ショウタも吠え始める。
時計のアラームの音楽が流れて、ぼくが歌い出すと、ショウタも音痴ながら合わせて歌い出す。しかも、一度吠え始めると、競うようにして吠えるので、ぼくが吠え始めて、ショウタが後から吠え始めて、ぼくが一瞬吠えるのを止めても、まだショウタが吠えてるから、またぼくも吠え始めることになる。
「ワンワンッ」がだんだん「ワオーン」に変わり「オウオォーン」の遠吠えに変わり、輪唱エンドレス。
家の中だと、さらに長引く。
例えば散歩中、横に郵便屋さんのバイクが走って来ようものなら、ぼくは瞬時に、ワワワンッとかかって行こうとする。ぼくが吠えるから、バイクに興味ないショウタもとりあえず吠えつく。白くて小さいぼくたちは、散歩中に近寄っても油断されがちだけど、急に羊の皮をかぶったオオカミのごとく歯茎をむき出して吠えつけば、いくら白くて小さいかわいく見えるぼくたちでも、びっくりもされるし怖がられもする。
突然2匹に吠えつかれて、郵便屋さんがバイクごと倒れそうになったことも、一度や二度じゃない。
なんで吠えたくなるのか、追いかけたくなるのか、ぼくたちにもよく分からない。逃げるから追いかけたくなる、走っている音がするからから吠えたくなる。ただそれだけのこと。
だって、ぼくたち、犬だもの。
しかし、そんな習性が、後に大変な事態になろうとは、ぼくはもちろん、他の誰も知るよしもなかった・・・。
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