第1章-10 盗み食いの主犯は誰だ

 ぼくたちの家のダイニングには、カオルさんたちが食事をする楕円形のテーブルとイスが4つあった。テーブルの上からは、いつもいい匂いがしてくる。

 ぼくたちは、その「いい匂い」の元を求めて、イスに手をかけたり、後ろ足で立ち上がってみたり、飛びはねてみたりしていたが、つまみ食いみたいな行儀の悪いことはさせまいと、イスはいつもテーブルにぴったりとしまわれていた。

 それでもぼくたちは、しまわれたイスに飛び乗り、右から左から体と頭をくねくねと動かして、何とかテーブルの上に顔を出そうと苦戦していたが、テーブルの裏に頭をゴチゴチぶつけるだけで、どうやってもテーブルの上を見ることすらできなかった。

 

 たまらなくおいしそうな匂いがした時には、ぼくよりはるかに食い意地が張っているショウタは、イスから無理やり鼻先をすき間に押し込んで、吊りそうなほど体をひねってテーブルに顔を出そうとして、イスごと倒して落ちたりしていた。

「そこまでするか・・・?」

 ヒロさんは呆れていたけど、そこまでしてでも、ぼくたちはおいしそうな匂いの元が欲しいのだ。


 時々、イスがきちっとしまわれてなくて、ほんの少しすき間があると、ぼくたちは、鼻先でイスをずらしながらすき間を広げて、テーブルの上のおいしい物を頂いた。

 もちろん、その後すごく叱られるのだが、すき間を見つけたとたん、叱られることなんか頭から消えて本能のままにイスに飛び乗った。そして、テーブルの上においしそうな物を見つけたら、理性は完全に吹っ飛んだ。


 ある夜のことだった。

 ご飯が済んだ後、家族全員が、急にダイニングにもリビングにもいなくなった。寂しがりのぼくは、不安になって、廊下に出るドアのあたりをウロウロしていた。すると、静かな部屋の中に、ぼくの大好きな甘酸っぱいリンゴの匂いが漂っていることに気が付いた。

 ショウタはまだ気付いていないようで、クッションの上で丸まって寝ていた。

 ぼくは、いつものようにしまってあるはずのイスに、テーブルの裏にぶつけないよう頭を低くした体勢で、ひょいと飛び乗ってみた。


(あれ?珍しく楽に乗れた)

と思ったら、イスがちゃんとしまわれていなかった。


(きっとヒロさんがしまい忘れたんだ!ラッキー♪)


 ぼくはすき間からテーブルの上に顔を出した。

(・・・!やっぱり、ぼくの大好きなリンゴだ!)


 テーブルの真ん中に、お皿に乗ったリンゴが置かれているのが見えた。でも、ぼくの乗ったイスからリンゴまではちょっと距離があった。ぼくは、一旦イスから下り、隣のイスに飛び乗った。このイスもちゃんとしまわれていなかった。また、テーブルの上に顔を出した。片手も乗せてみた。


(くぅ~・・・あとちょっとなんだけど、届かないなあ)


 テーブルの上に顔を出すだけで睨まれるのだから、手を乗せたりしたら、もちろん叱られる。だから誰もいなくても、すぐにぼくは手を引っ込めた。


(でも、あのリンゴ、食べたい・・・)


 ぼくは、なんとかリンゴに届かないかと、イスから下りたり乗ったり違うイスに乗ってのぞいてみたり、を繰り返していた。

 すると、ぼくの動きに気付いたショウタが起きてきた。そして、ぼくがさんざんどこからだったらリンゴに口が届くかと、イスから乗り降りを繰り返していたというのに、ショウタはゆっくりと歩いて来て、一番近くのイスにヒョイと飛び乗り、何の躊躇もなくテーブルにあがり、スタスタとお皿まで歩いていくと、

 ひょいパク、ひょいパク・・・

と、口に入りきれないほど、リンゴを簡単にほおばったのだ!


(ずっるーい!!見つけたのは、ぼくなんだぞ!)


 ぼくは急いでイスに飛び乗り、ガウッとショウタを威嚇した。

 ショウタは、ほとんどのリンゴをほうばったまま、あわててテーブルから飛び降りると、テーブルの下でシャクシャクとリンゴを味わっていた。

 ぼくは、ショウタがあわてた時にテーブルのはじに落としていったリンゴのかけらを一つくわえると、急いでイスから下りて、テーブルの下で味わった。


 その時だった。

 カオルさんとヒロさんが部屋に戻って来て

「あ~!リンゴがない!」

と叫んだ。

 運悪く、遅れておこぼれを頂いていたぼくが見つかった。

「やっぱりボーか」とヒロさんが言った。

「でも、一人であんなに食べるかな」

カオルさんが言った。

「よし、見てみよう」

「ボー、ショー、おいで」

 

(見てみよう?何を?)


 ぼくたちは呼ばれてテレビの前に行った。ヒロさんが何かをカチャカチャと動かしている。テレビがついて、画面には見たことのある景色が映った。

(あ、うちのテーブルと同じだ・・・おいしそうなリンゴもある・・・)

 すると、ヒョイとテーブルの上に白い顔がのぞいた。

(誰だ、あいつ?)

 白い顔は、ヒョイと顔をのぞかせては消え、違う場所からのぞかせてはまた消え・・・


「やっぱりボーだったな」

「・・・まったく・・・」

カオルさんたちがため息をついている。


 あちこちから何度も顔を出しては引っ込めている白い顔は、ぼくだった。ぼくが呆然として画面を見つめていると、


 ヒョイ・・・すたた・・・ひょいパクパクパクッ!


「しょうきちぃ!!!」

 ヒロさんとカオルさんが同時に叫んだ。


 時々、テーブルの上の食べ物がなくなるので、ヒロさんがわざと少しイスを引いておいて、リンゴをおとりに、ぼくたちのどちらが盗み食いをしているか、ビデオカメラをセットして撮っていたのだった。


 何の迷いもなくテーブルに上がって食べたショウタは、主犯格とされた。しかもあんなにほおばっちゃって「意地汚い」レッテルまで貼られていた。

 ぼくは躊躇していた姿も撮られていたのでお咎めは少なく済んだ。

 

 でも、それ以来、イスは常にきっちりとしまわれ、誰もいない時にテーブルの上からいい匂いがしてくることはなかった。


 無念・・・。

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