第1章-9 百犬の王・ボーボ

 ある日曜日、ぼくとショウタは車に乗って、いつもとは違う広い大きな公園に連れて行ってもらった。大きな川が流れていて、カオルさんが隠れてしまいそうなくらい背の高い草がもさもさ生えていて、グラウンドや広場もある所だった。

 車から下りるやいなや、ショウタは本来の猟犬の習性が蘇ったのか、その背の高い草の茂みの間をガンガン走って行った。

 流れる川の音と草の匂いがまざった風の匂いに、小さい頃通った海までの散歩道を思い出して、ショウタに負けじと、ぼくも思いっきり川原を走った。


 しばらく川原で遊んだ後、ぼくたちは広場の方に行ってみることにした。同じように遊びに来ている犬たちが、たくさんいた。

 馬みたいに大きな犬、ぼくたちくらいの小さい犬、若い犬、やや歳をとった犬、足が短い犬、ずんぐりした犬、色んな犬が勢ぞろいしていた。

 イヌなつこいショウタは、早速犬たちがたむろしている方へ近付いて行った。ぼくはイヌ見知りだし用心深いから、遠くから、ワンワンッと存在をアピールしながら、ショウタと犬たちの様子を見ていた。ショウタの方に気を取られていたけど、ふと気配を感じて振り返ってみると、目の周りが茶色いシーズーが、ニヤッとした顔で、ぼくのすぐ後ろにいた。

 

 ・・・!

 ガウッ!


 突然、目の前にニヤけた顔が現れてびっくりしたぼくは、すぐに威嚇してみせたけど、そいつは、ショウタ以上にイヌなつこく、ぼくのお尻の匂いをフンフンと嗅ぎまわった。


 なんだよ、やめてくれよお。

 ぼくは、キョ、キョセイしてるんだぞー!


 困ったぼくは、お尻を隠すためにしっぽを丸めながら、吠えて吠えて逃げ回ったのに、そいつはニヤッとした顔のままついて来た。


 ひぃ~。


 そいつに絡まれていたせいで、ぼくはショウタを見失ってしまった。

 ショウタの姿を探してウロウロしていると、なにやら、イヌ垣ができているのを見つけた。大きな犬たちが輪になって、何かを囲んで見下ろしていた。

(何があるんだろう・・・)

 ぼくは、おそるおそる近寄ってみた。イヌ垣の隙間から見えたのは・・・


(ショウタッ!!!)


 大きな犬たちが囲んでいたのは、ショウタだった。ショウタは、小さな体をさらに小さく丸め、しっぽなんか、お腹をくぐって鼻先についちゃうんじゃないかと思うくらい完全にしまい込まれて、プルプルと小さく震えている。

 ショウタの3倍くらいの高さから見下ろしている犬たちは、吠えも唸りもせずに、時々、フンフンとショウタに顔を近付けていた。


(ショウタが食われる・・・!)


 ぼくは勇気をふりしぼって、イヌ垣から離れたところから、威勢よく威嚇の雄叫びをあげた。


 アオーン!

 ワン、ワン、ワン!!


 すると、何頭かの犬がぼくをチラッと振り返った。


 ギャ~~~~!

 でかいし、多いし、怖いし~~。

 でも、ショウタが・・・。

 いつもは威勢よく威張っているショウタが、あんな大きな犬たちの輪の真ん中で、完全に腰を抜かしてへたりこんでいるんだ・・・。やっぱり、助けなくちゃ・・・。でも、ぼくも怖いよぉ。

 ワン、ワン、ワン!!

 ワン、ワン、ワン、ワン!!


 とにかく、ぼくはその場で精一杯の威嚇をし続けた。単調に、でもしつこく吠え続けていたら、大きなイヌ垣が崩れ、数頭の大きな犬がぼくの方に向かって、ゆっくりと歩いてきた。


(ヤバイ・・・)


 とっさに逃げればよかったのだが、正直、足がすくんで動ける状態じゃなかったのだ。近付いてくる大きな犬の大きな顔に向かって、ぼくはさらに必死で吠え続けた。


 ワン、ワン、ワン、ワン!!

(こ、怖いよ~)

 ギャン、ギャン!!

(ま、負けるもんか~)

 ワン、ワン、ワン!!

(あっち行け~、あっち行けよぉ~~!!)

 ワン、ワンったらワン!!


 怖くて怖くてちびっちゃいそうだったけど、なりふりかまわず、ぼくはぼくにできる一番怖い顔で、歯茎全開にして吠えて吠えて吠えまくった。


「ちっ。うるせーなぁ」

一頭のコリーが、ぼくを一瞥すると、後ろを向いて歩いて行った。すると、他の大きい犬たちも、

「うるさすぎるよ。行こうぜ」と言わんばかりのうんざり顔で、イヌ垣を解いて行ってしまった。

「ちっちゃくてかわいいのに、うるさいのね」

 優しそうな、でも巨大なゴールデンレトリバーは、名残惜しそうに何度もぼくを振り返りながら、ご主人のところに戻って行った。


 怖かった・・・。

 あれ?でも、もしかして、ぼく、勝った?

 大きい犬たち、逃げてったよね?

 ぼく、勝ったんだ~っ!よっしゃ~!


 完全に腰を抜かしてへたり込んでいたショウタのところに駆け寄ると、一瞬で5歳くらい老けたようなやつれた顔をして、ショウタはのろのろと立ち上がった。

 イヌ気のない場所に移動をして、少し休んでから、ぼくたちはやっと快適な散歩を楽しんだ。

 

 大きい犬たちの大人な態度は、「ぼくは強い」という勘違いを助長させた上、ぼくの中に「ボーボ、負けなし」という伝説まで作ってしまったのである。


 それはそうと、ぼくたちがあんなピンチの時、横にいたはずのカオルさんたちは、どうして助けてくれなかったんだろう?


 帰りの車の中で、カオルさんとヒロさんが話しているのを、ぼくは聞き逃さなかった。

「さすがに俺たちでも、あんな大きい犬、触ったことないから、怖くて、手、出せないよね」

「飛びつかれたら、同じくらいの背はあったもん、助けられないよ。」


・・・!それでもご主人かぁ!!


 吠えるが勝ち。

 ボーボ、百犬の王の座に君臨(?)。

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