第1章-7 にせプードル
盆地の夏はキツイ。半端ない暑さだ。ふさふさの毛布をまとっているぼくとショウタは、冷たい床を探しては、おなか全体を床につけて涼を取る。出窓の下の戸棚の隅は、板の間でひんやりしていて気持ちがいい。でも、戸棚はいつもは閉まっているから、開いた瞬間にすかさず入って座り込む。一度入ると、カオルさんは、仕方ないなぁ、と言いながら開けておいてくれる。
それでも、暑い。ショウタなんて、ぼくよりもっと暑そうだ。なにせ、ショウタは体にヒツジを巻きつけている。油断しすぎなほど伸び切った姿勢で寝ている。
ぼくたちは、2ヶ月に一度床屋さんに行く。水浸しになるのはあまり好きじゃないけれど、シャンプーしてもらって、足の届かないところまで掻いてもらって、ドライヤーの風に吹かれて、実は、結構気持ちがいい。
ある夏、毎日気温の新記録を更新するほどの猛暑が続き、バテバテになっていたぼくたちがかわいそうになったのか、床屋さんに行った時、カオルさんがお店の人に言った。
「ショウタは、ギリギリのサマーカットでお願いします」
今でこそ、プードルカットの主流はぬいぐるみかと思うような「くまちゃんカット」だが、この頃のプードルカットと言えば、口の周りの毛は短く剃り、手足と尻尾も肌が透けるほど剃りこんで、足先と尻尾の先だけポンポンみたいに丸く毛を残すという図鑑で見るようなカットが定番だった。
だから、床屋さんに行った直後のショウタは、愛らしいと言うよりは「仕事のできる猟犬です」という印象の、ちょっと精悍な顔つきになって帰ってきた。
「サマーカット」は、そのプードルカットのさらに短いバージョンだ。もちろん、マルチーズにも「サマーカット」がある。さらさらの白い毛をいつもよりさっぱり短く切るだけだ。ただし、鼻の周りは長めにふわっとなっている。
これが暑苦しく見えたのか、その日、カオルさんはお店の人に、ぼくを差し出しながら、
「マルチーズなんですけど、鼻の周りが暑そうなので、顔だけプードルカットにできますか?体は超サマーカットで。」と注文をつけていた。
「できなくはないですけど・・・」
お店の人が、いいんですか?と念を押しつつ答えると、カオルさんは、
「大丈夫です。お願いします」
と、ぼくとショウタを預けていった。
夕方、床屋さんに迎えに来たカオルさんは、ぼくを見るなり、明らかに笑いをかみ殺していた。家に帰って、ぼくを見たヒロさんも、
「ボーボは、ショウタより実は鼻が長かったんだな」
と言って、ガハハと笑った。
(なんでみんなぼくを見て笑うんだよ。何か変なの?)
ぼくの鼻の周りの毛はサッパリと剃られ、口の周りの黒っぽい肌が露出していた。顔全体の毛もものすごく短く、体はピンク色に見えるほど短くされていた。
それからしばらく、散歩の途中で会う人たちに必ず、
「あら、かわいい。兄弟?」と聞かれた。
「いえ、トイプードルとマルチーズなんです」
カオルさんが言うと、
「そっくりねぇ。・・・マルチーズって、こういう犬でしたっけ?」
と、会った人たちは不思議そうにぼくを観察する。
「ははは・・・。ちょっとあまりに暑いんで、短くしてもらったらこんなんなっちゃって。」
カオルさんは笑っていた。
(こんなんなっちゃった?って、このカット、失敗なの?)
床屋さんに行ってから何日経っても、カオルさんとヒロさんは、ぼくを見てはクスクスと笑い、
「皮をはがれたヒツジだな」
「にせプードル」
と、ひどいことを言った。
(カオルさんが床屋さんに頼んだんじゃないかっ!)
でもこのカット、実はすごく涼しくて、昼も夜も気持ちよく眠れるようになったのだ。風を肌で感じるって、きっとこういうことだ、なんてね。
笑われちゃうけど、夏はこの髪型、結構気に入ってるんだ。
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