第1章-6 大事なモノを失う
ぼくとショウタの小競り合いは、いつまでたっても止む兆しがなかった。青年期のぼくたちは、ご他聞にもれず、オスなら当然の縄を張りたがった。
ショウタの教育的指導は、もはやケンカを始めるゴングでしかなかった。ぼくが下から喉元を狙い、ショウタは猟犬の本領を発揮してジャンピング攻撃で上から応戦してくる。血を見る争いに発展することもしばしばで、耳やら足やらに生傷が絶えなかった。
見かねたおばあちゃんが言った。
「去勢すると、おとなしくなるらしいよ」
・・・キョセイ・・・?
日に日に激しくなるぼくたちのケンカに、カオルさんとヒロさんも悩んでいたみたいだった。ヒロさんは、
「俺も男だから、それはちょっとなぁ・・・」
と渋い顔で言った。
それからヒロさんたちの長い話し合いの結果、ぼくとショウタは、去勢手術をすることが決定した。
初めて行った動物病院は、色んな犬の匂いと嗅いだことのない変な匂いでいっぱいで、周りを見回せば、冷たそうな光る銀色の台にたくさんの器具、見たことのない大きなライト、ぼくとショウタは、一瞬でただならぬ状況にいることを察知した。
「ごめんなぁ・・・」
ヒロさんは、なんとも情けないような苦虫をかみつぶしたような顔をしながら、T先生の説明を聞いていた。カオルさんは、病室を見回しながら、心配そうにぼくとショウタの頭を変わりばんこになでていた。
T先生の話が終わると、
「よろしくお願いします」
と、カオルさんとヒロさんは、ぼくたちを置いたまま病院を出て行ってしまった。
(何が起こるの?)
(置いていかないで!)
アオン、アオーン・・・!
ふいにT先生の顔がぼくの目の前に現れた。そして、ぼくをひょいと抱えてケージから出すと、冷たい台の上にぼくを下ろし、
「ちょっと、がまんしてね」
次の瞬間、チクリ・・・。
痛っ!何したんだよ~!
反撃する間もなく、ものすごい眠気が襲ってきて体がダル~ンとなってきた。カチャカチャという金属の音と、ガウガウと怒っているショウタの声がどんどん遠のいていき、やがてぼくは深い深い眠りに落ちていった。
どのくらい時間が経ったのだろうか・・・。明るかった窓の外は真っ暗になっていた。ぼくはぼんやりした意識のまま、下腹部の痛みで目が覚めた。隣のケージを見ると、ショウタが苦悩の表情のまま、まだ眠っていた。
ウゥーン・・・
お尻のへんが、痛い。怪我してる・・・?!
血と薬の混ざった匂いの傷口をそーっとなめてみると、ものすごいマズイ味がした。
イタタタタ・・・。
何か、変だ。何か、足りない・・・。
キュゥーン・・・
クゥン、クゥン、オォーン・・・
痛みに耐えながら、ぼくは弱々しく遠吠えを繰り返した。
次の日の朝早く、カオルさんとヒロさんが迎えに来てくれた。
ヒロさんは、ぼくたちを見るなり、
「おぉ~、痛々しいなあ」
と言って、内股になった。
カオルさんも口をすぼめて渋い顔をしながらぼくの頭をそっとなで、小さな声で言った。
「大事なモノ、なくなっちゃったねぇ」
さすがにそれから2日間ほどは、傷口が痛むのと家に戻れてホッとしたのとで、ぼくもショウタもおとなしくしていた。
2週間ほどすると傷の痛みも癒えて、結局、ぼくたちは懲りもせずにケンカをしかけ合っていた。
「去勢した意味、あったのかな」
ヒロさんがため息をついていた。
カオルさんが言ってた「大事なモノ」って、なんだったんだろ?
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