第1章-3 お引越し

 12年前の夏、カオルさんが結婚することになったので、ぼくも一緒に引っ越すことになった。潮風が吹き抜ける海辺の町から、車で2時間半ほど走って、四方を山に囲まれた盆地の町に着いた。


 暑い。照りつける太陽は同じはずなのに、空気の流れが止まっているような、ムッとこもった暑さだ。汐の香りも、まったくない。

 不安だ・・・。


 そんな町の新しい家に着くとすぐ、カオルさんはぼくを連れて散歩に出た。家を出て、最初の角を曲がった時だ。


 ワンッ。


 ぼくと同じくらいの大きさの、白い犬がかけ寄ってきた。ふわふわと頭が盛り上がったその犬は、やけに親しげにぼくの体の匂いを嗅いで、ものすごいチェックを入れてきた。

(やめてくれぇ)

 ぼくは助けを求めて、しり込みしながらカオルさんの足の陰に隠れたが、カオルさんはニコニコしながら見ているだけだった。しかも、その馴れ馴れしい白い犬のリードを持っている男の人と、なにやらヒソヒソ話している。


「大丈夫そうじゃない?」

「うん。結構、犬好きだから。」

 

 この馴れ馴れしい白い犬が、カオルさんの結婚相手のヒロさんの家に住んでいた、ぼくより一歳年上のトイプードル、ショウタだった。


 カオルさんたちは、ぼくとショウタをできるだけ警戒しないで会わせようと考えたらしい。

 家の中で会わせると、きっと先住のショウタが縄張りを主張するし、ましてやオス同士、ぼくと激しく争うと思い、あえて散歩中に偶然を装って2匹を会わせ警戒心を解いてから一緒に家に入る、という方法を取ったのだ。

 ショウタは、犬見知りをしない、わりと友好的な性格だったので、その作戦はまあまあ成功だった。

 こうして、ぼくとショウタとの共同生活が始まった。


 家を建て替え中だったので、古い家のコンクリートの広い土間が、ぼくとショウタの部屋になった。

 もともとお店をしていた家の造りだから、土間のすぐ前が道に面している。ガラス戸越しに、目の前を車がバンバン走っていく。今まで住んでいた自然に囲まれて鳥や虫の声が響いている家とは、かなり環境が違った。

 

 ここに住むの?ここで寝るの?

 カオルさんは?カオルさんの布団のすそで寝れないの?


 アオ~ン。アオ~ン。


 寂しがりやのぼくにとっては、初日から大ピンチだった。近所迷惑も顧みず、明け方までぼくの遠吠えが響き渡っていたのは言うまでもない。

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