74.勝負
ベン様と一緒にパーティーを楽しんでいると、いきなりルージュ姉様の高笑いが聞こえてきた。
私を守ってくれる人が隣にいる。
そう考えると、自然と恐怖心は薄れていった。
「分かりました」
私はゆっくりと息を吐いて、ピアノの蓋を開く。
綺麗な光沢を放つ鍵盤を見ると、緊張していた心が落ち着いた。
「曲は何を弾けば良いのですか?」
「アンタの一番上手に弾ける曲にしなさい」
段々と人は集まってきて、私達に注目が集まる。
「これで言い訳はつかないわね」
ルージュ姉様は勝ち誇った表情で私を見つめた。
ゆっくりとピアノの椅子に腰をかける。
指を鍵盤に置くと、余計な考えは頭の中からなくなった。
「早く始めなさいよ」
そう言って睨まれても集中を乱すことなく演奏が始まる。
色々な人と一緒に弾いてきたピアノだった。
練習してきたことを思い出すと、負ける気は全くしない。
ピアノも今の気持ちを代弁するように軽やかな音を奏でている。
ベン様と結婚してからは毎日が幸せでいっぱいだった。
体はリズムに乗って揺れ動いている。
譜面の上を走るように進んでいると、あっという間に曲の最後が近づく。
「ふぅ……」
演奏が終わって、疲労感が襲ってくる。
余韻が心地よく感じていると、いつの間にか王城が拍手で埋め尽くされていた。
「大したこと無かったわ」
そんな中でもルージュ姉様だけは私の努力を認めていない。
私の全てを否定するようにピアノの椅子に座る。
乱暴に鍵盤を叩くと、荒れるような音が王城の広間に響く。
「アンタのちっさい音なんて、私の演奏に敵うはずもないわ」
ルージュ姉様は思いっきり指を振り下ろす。
耳をつんざくような甲高い音が響いて、思わず顔を歪めてしまう。
「たった少し音を聞いただけなのに」
勝ち誇ったような表情を浮かべて、ルージュ姉様の演奏が始まる。
その音は音階が気持ち悪くて、リズムも揃っていない。
思わず目を瞑りたくなるような粗末なものだった。
「アイラの姉って頭が悪いのか?」
思わずベン様が小さく呟く程な演奏に無言で苦笑いを浮かべるしかない。
そんなルージュ姉様は満足したかのように立ち上がって、私を指差す。
「アンタの演奏なんかよりも、私の方が良いに決まっているわ!」
堂々とした態度で宣言をするルージュ姉様を周りは白い目で見ている。
「アイラ嬢の方が上手いと感じたぞ……」
一人がそう呟くと、次第にルージュ姉様に対する疑念が広まっていく。
「あんな乱暴な演奏でよく勝てると思うな」
「何よ! あんな下賎な娘が私よりも優れていると言うの!?」
周りの貴族達の反応がよっぽど気に食わないようで、ルージュ姉様は噛み付くように反論をする。
そんな様子を見た私は呆れで言葉が出ない。
「ふざけるんじゃないわよ! あの野蛮娘がズルしたに違いないわ!」
ルージュ姉様は怒りをぶつけるように強く床を踏みつけながら、私の方へ近づく。
前までなら俯いて鬱憤が晴れるまで我慢をしていたが、今は恐怖は消えていた。
「ズルをするはずがありません!」
「私に逆らうつもり!?」
威圧するルージュ姉様を見ても、涙は目尻に浮かばない。
私は過去と向き合うようにルージュ姉様を見つめる。
「生意気になったことだわ!」
「そこまでよ!」
私を強く叩こうと腕を振り上げた瞬間に大きく透き通るような声が響く。
声のする方を向くと、そこには王女のリーナ様が立っていた。
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