65.ジュルアの相談

 いつも通りに音楽団の練習場でピアノを弾く。

 一度弾き出すと、意識は鍵盤に没頭する。

 私は時間を忘れてピアノと向き合う。


「休憩したら?」

「もうちょっとだけ」

「棍を詰めすぎないようにしてね」


 ジュルアに指摘をされて時計を見ると、かなりの時間ぶっ通しで弾いていた。

 私はもう一度弾こうとするが、うまく指が動かない。


「今日もありがと!」


 ピアノにお礼を言うと、また明日も弾いてほしいと言っている気がした。

 丁寧に蓋を閉めて、カバーをかける。

 一度集中を切らすと、体中が疲れたと主張するような重みを感じた。


「終わったみたいね」

「うん! 待ってたの?」

「えぇ。少し相談したいことがあって」


 疲れで重い瞼を擦る。

 そんな中でジュルアが出待ちをして私を待つ。

 

「ごめんね、待たせちゃって」

「大丈夫よ。アイラが頑張ってる事は素敵だから」


 そう言って笑顔を浮かべるジュルアは軽く咳払いをする。

 目付きは細くなって、唇はキュッと結ばれた。

 真剣な表情を浮かべるジュルアの瞳をじっと見つめて、相談を受けようとする。


「実は婚約をしてほしいと言われて……」

「そうなの!?」


 衝撃の事実を聞いて、私は驚きで大きく目を開く。

 さっきまで重かった瞼をこじ開けて、頬を赤くするジュルアを見つめる。

 ジュルアの仕草はどこか落ち着きがない。


「アイラはベン様にべったりじゃない」

「そうなの!?」

「そうよ……ベンさんをすごく愛してるって見てるだけで伝わってくるわ」


 ベン様の前だと声が少し高くなったり、ベン様の話をする時に笑顔になったりすると指摘されて恥ずかしくなってしまう。

 そんな照れを隠すように顔を手で覆う。


「話を戻すけど……」


 ジュルアは笑顔から一転して神妙な顔つきに変わった。


「その人が好きかどうかわからなくて……」


 腕を震わせながら、小声でジュルアは私に告げる。

 

「それで、アイラに話を聞こうと思って」

「うん! 私で力になれるなら!」

「ありがと!」


 笑顔を浮かべるジュルアに私は微笑む。

 

「相手はどんな人なの?」


 早速ジュルアの助けになろうと、質問を投げかける。

 すると、ジュルアは体を乗り出して相手の良い所を口に出す。

 小さい頃から一緒に居る事やさりげなく優しくしてくれる所、他にも聞いてるだけで胸焼けしそうな程の褒め言葉がたくさん出てきた。


「すごく良い人じゃん!」

「でも、これが恋かわからないのよ……」


 不安そうな表情を浮かべるジュルアを見て、私は苦笑いをしてしまう。


「その人より良い人はいるの?」

「そんなの居るわけないじゃない……」

「じゃあ、その人が一番好きってことじゃないの?」

 

 私の言葉にジュルアは頬を真っ赤に染める。


「そうね……確かに結婚するなら最高の相手だわ」

「上手くいくと良いね!」

「ちゃんとアイツの気持ちに向き合うわ」


 清々しい表情を浮かべるジュルアを見送る。

 そんな様子に当てられて、私もベン様に会いたくなってきた。

 帰ったらベン様に抱きしめてもらおうと心に決めて、馬車に乗り込む。

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