51.リゾート地での演奏会

 ベン様の指揮棒に全員の視線が向く。

 それぞれの素晴らしい演奏をベン様の手でまとめられることで、合奏に変わる。

 たった一音だけで、目の前にいるお客さんたちの耳は演奏に釘つけになった。


「すごい迫力ね」


 最初は興味なさげに豪華なディナーに舌鼓を打っていたお客さん達も段々と演奏に耳を傾けてくれている。


(調子がいい)


 最初は緊張して不安な思いを抱いていた。

 目を輝かせて演奏を聴いてくれるお客さん達の視線を感じると、自然とその期待に応えたいと演奏に力が入る。


 指先の感覚は研ぎ澄まされていて、どこまでも正確に鍵盤の上を踊っていた。

 この会場で最も良く響くように計算しながら、次の音に向かって指を動かす。


 一番盛り上がるメロディーに突入すると、みんなの音が一気に集まる。

 ギラギラとした熱意が会場を包み込む。

 絶対に成功させると強い気持ちが音に現れている。

 そんな演奏は温かい風に乗って合奏はお客さん達へ感動を届けた。


「もう終わり……」


 メロディーに没頭していた頭は盛大な拍手で一気に現実に戻される。

 体の奥にはとても大きな満足感が湧き上がっていた。

 ずっと続く拍手の音はとても心地よく耳に響く。


「最高だったわ」

 

 ステージ裏でジュルアが手を差し出す。

 私達は乾いた音を響かせて、演奏の成功を喜び合う。


「どうかしら? お客さんの拍手の音は」

「もう最高よ!」

「そうね。最高だわ」


 気分はとても晴れやかで、温かい風が私を祝福するように肌を撫でる。


「とても良いピアノだった」

「ベン様も指揮お疲れ様です」

「ありがとう」


 ベン様は額に汗を滲ませて、満足した表情を浮かべていた。

 部屋に戻っても興奮は冷めないで、ずっと感想を話してしまう。


「もう遅い時間だな」

「そうですね」


 頭の中で拍手の音が鳴り止まずに再生され続けている。

 今日の演奏は一生忘れられない宝物だと思う。


「ありがとうございます」

「どうした? 薪から棒に」

「ベン様と結婚しなければ、こんなに良い日は訪れませんでした」


 薄暗い部屋で感謝を伝えると、ベン様の照れた表情が蝋燭に照らされる。


「これはアイラの努力の結果さ」

「それでも、ベン様や音楽団のみんなと演奏できたことは感謝したいです」

「なら、感謝の言葉を受け取っておく」


 そう言って恥ずかしそうに頭を掻くベン様を見ていると、心がとてもポカポカとした。


「おやすみなさいです。一生忘れられない一日でした」

「今日もアイラと過ごせてとても幸せさ」

「えへへ。嬉しいです」


 ベン様は穏やかな表情で蝋燭に息を吹きかける。

 とても心地の良い暖かさを感じながら意識を手放す。

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