50.リゾート地での朝

 冷たい潮風に頬を撫でられて、目が覚める。

 今は遠征中でホテルに泊まっていたと思い出す。

 窓の外を見ると、朝日に照らされている海が見えた。


「綺麗……」


 私は小さく呟くと、部屋のドアの方から物音が聞こえる。


「起きたか」

「おはようございます……ベン様」


 ボヤけた目を擦ると、ベン様の凛々しい顔が瞳に映った。

 湯気を立たせるコーヒーを片手に新聞を読むベン様はとても様になっている。


「飲むか?」

「ありがとうございます……」


 私の分まで準備をしてくれていたようだった。

 手渡されたコーヒーに口を付けると、優しい風味が口の中に広がる。

 温かいコーヒーは丁度いい眠気覚ましになって、改めて正面を見るとベン様が座っていた。


「えっと……ベン様!?」

「あぁ。どうした?」


 昨日の夜はベン様が近くにいて、ドキドキして寝れなかったことを思い出す。

 急に照れ臭くなって、ベン様が近くにいるとどうしても意識してしまう。


「どうかしたか?」

「な、なんでもないですよ!?」

「今日は演奏会があるから体調には気をつけてくれ」


 幸いベン様は私の内心に気づいていないことだけが救いだった。

 いつまで経っても、ドキドキさせてくるベン様はとても罪深いと思う。

 ただ、それでも心の中は幸せで埋め尽くされていた。


「すごく綺麗な海ですね」

「あぁ。そうだな」


 外に広がる絶景を見ると、緊張はいつの間にか安心感に変わる。

 こんな良い朝を大好きなベン様と一緒に過ごせる幸せを噛み締めて、私はコーヒーに息を吹きかけた。


「さて、着替えて練習に行こうか」

「はい!」


 ドレスに着替えると、王都よりも温かい気候が少し気になってしまう。


「ハンカチを持っておくか?」

「ありがとうございます……」


 私は額に滲む汗をハンカチで拭いて、ゆっくりと深呼吸をする。

 息と一緒に不安や焦りは全部体の外へ吐き出す。

 

「よしっ! 頑張るぞ」

「あぁ。良い演奏をしよう」


 二人で集合場所に向かうと、音楽団のメンバーも続々と集まってきた。

 みんなリゾート地を満喫したようで、とても楽しそうに見える。

 最高の演奏をしようと意気込んで、私はピアノに触れた。


「完璧」


 私は軽く演奏をして、自分の調子を確かめる。

 今日はいつも以上に神経が研ぎ澄まされていた。

 

「あっという間だなぁ」


 ついさっきまで朝の気分だったのに、もう夕暮れを迎える。

 沈む太陽から視線を音楽団のメンバーに戻す。

 みんな準備万端と言いたげな表情をしていた。


「すごい……」

 

 段々と入ってくるお客さんたちはホテルでのディナーを楽しんでいる。

 もうすぐ私たちの出番がやってくると、自然と緊張してきた。


「緊張してる?」

「うん」

「私も」


 そう言ってジュルアは胸に手を当てる。

 同じようにすると、心臓の鼓動が手に伝わってきた。

 

「鼓動が激しいね」

「そうね」


 お互いに緊張はしているが、それでも自然と不安はない。


「みんなと一緒だから大丈夫よ」 

「うん!」


 そんな話をしていると、いつの間にか開園の時間を迎える。

 拍手に一瞬圧倒されるが、ベン様の指揮棒を見るとすぐに気分は落ち着く。

 こんな大勢の人たちに演奏を聞いてもらうことは初めてだった。


「成功させるぞ」


 そう意気込むと、ベン様が指揮棒を振る。

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