47.遠征へ出発

 頭も使いすぎて、ボーッとしている。

 腕はとても重くて辛い。


「つかれたなぁ」


 疲れ切った体を引きずって公爵邸に戻ろうとする。

 ホールの廊下を歩いていると、練習室から綺麗なヴァイオリンの音が響く。


「あっ……」


 ふと、声が溢れる。

 目線の先にはジュルアが汗を額に浮かべながら、ヴァイオリンと向き合っていた。


「私も頑張らないと」


 そんな様子を眺めていると、自然と頭の中は音楽で埋まっていく。

 心の奥でマグマのように熱い気持ちが溢れ出す。


「頑張れ」


 私は小さく呟いて、もう一度ピアノの方へ足を向ける。

 更にジュルアの演奏に力が入って、力強い演奏が響く。

 それを背中で感じながら、私は心を奮い立たせた。


「あと少しだけ……」


 そう言い続けてピアノを弾いていると、練習場が閉まる時間になってしまう。

 私はまだまだ弾き足りない気持ちを抑えて公爵邸に戻る馬車に乗る。

 

「疲れたなぁ」


 公爵邸に戻ると、一目散にシャワー室へ向かう。

 お湯を浴びていると、温かさで体がほぐれるような感覚がする。

 動かし続けて疲れ切った指はジンジンと熱くなっていた。


「明日も頑張ろう」


 疲れが抜けると、私は小さく息を吐く。

 スッキリとした気分で自室に戻ろうとする途中でベン様の書斎が目に入る。

 きっと遠征や公爵家の仕事で忙しいだろう。


「頑張ってください」


 私は扉の奥にいるベン様に向かって呟く。

 いつも私のために頑張ってくれている様子を見ると、心の奥が温かくなる。

 みんな張り切っていて、遠征が楽しみなってきた。


「これからタマルに遠征へ向かう」

 

 あれから何度も練習を繰り返して、遠征出発の日を迎える。

 ベン様の掛け声にみんな興奮気味な様子で聞いていた。


「タマルに最高の演奏を残そう!」


 頭の中に潮風に揺られながら演奏をしている様子が浮かぶ。

 これまで頑張って準備してきたからこそ、きっと良い演奏ができると私の中で確信があった。


「楽しみね」

「うん!」


 隣に立っているジュルアは私と色違いの麦わら帽子を被っている。

 これから国外に行くと思うと、期待が止まらない。


「ちゃんと帽子を被ってきたのね」

「もちろん!」


 そんな事を話しながら歩いていると、汽車の駅に到着する。

 駅はとても多くの人で賑わっていた。


「大きい……」


 私はたくさんの人で賑わっている様子に圧巻されてしまう。

 駅に興奮が冷めない内に汽車がホームに到着する。

 凄い速さで駅までやってきた汽車に私はワクワクとした気分で乗り込む。


「汽車は速いぞ」

「そうなんですか!?」


 私はベン様の隣の席に座ると、窓の外を眺める。

 発射のアナウンスが車内に鳴り響いて、段々と加速していく。

 外の景色は一気に変わっていった。


「凄い!」


 汽車が線路を駆け抜けていく様子を楽しんでいるが、段々と飽きてしまう。

 

「着いてから体力を使うから今の内に寝ておくと良い」

「はい……」


 私はベン様の肩に体重を預けて、意識を手放す。

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