46.遠征に向けての練習

 遠征の出発日も近くなってきて、音楽団の練習場はいつも以上の活気に満ち溢れている。

 みんな熱心に楽器と向き合っている様子を見ると、私も頑張ろうと思えた。


「ふぅ……」


 私は心の中で渦巻く熱意を手に息を吹きかけて、ゆっくりと伝えていく。

 指先はジンジンと温まって、感覚が研ぎ澄まされる。

 指の力は程よく抜けていて、緊張は解れていた。


「いくよ」


 ピアノに思いを伝えると、それに応えるようにピアノは綺麗な音を奏でる。


「良い感じ……」


 頭の中には音楽団のみんなが奏でるメロディーが浮かんでいた。

 本番のコンサートを常にイメージして、私は楽譜を追っていく。


「ここは優しく丁寧に」


 作曲家が想像した世界観へ近づくようにピアノは旋律を紡ぐ。

 そして最後のパートに突入すると、私は曲に込められたメッセージを音に乗せる。

 一区切りの演奏を終えると、とても清々しい気分でピアノから手を離す。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸を忘れるくらいにピアノに熱中していたからか、肩で息をしている。

 身体中に迸る熱気は辛くて苦しいのに心地よく感じた。

 

「もっと上手くなりたい……」


 そう口にすると、疲れている指に力が入る。

 頭の中では曲が再生されて、早くピアノを弾きたいと私に訴えてきた。


「もう一回」


 この曲を初めて聴いた時に、どんな曲だったのか音楽団のみんなで話し合ったことを思い出す。

 感想を話し合うと、それぞれの思いを共有した。


「もっとイメージを広げて……」


 感じたことを擦り合わせて、こんな音楽にしたいと決めた様子が頭に浮かぶ。

 みんなが目標とする音楽を頭の中いっぱいに広げて、精一杯表現しようと奏でていく。


「もっと流れるように」


 頭の中の世界を音楽に変えるために、必死に技術を絞り出す。

 指の動きはタイミングも位置も少しのズレを許さず、次の音がどう響くかまで計算して演奏をする。


「あー! 難しい!」


 頭の中は常に動いている中で、タイミングが少しズレてしまう。

 私は手の力を抜いて、もう一度ピアノに意識を集中させる。


「すごく楽しい」

 

 自然と口に出ている言葉は紛れもない本心だった。

 優しく撫でると、ピアノ喜んだように黒い光を反射させる。

 大変なことだけど、ずっと頭の中はメロディーが流れていた。


「もっと上手くなるぞ……」


 私はゆっくりとピアノに手を置いて、頭の中をフル回転させる。

 少しの力加減で音の響き方が変わってくるからこそ、常に細心の注意を払ってピアノを弾く。


「全っ然わからない!」


 ミスをする度に叫ぶけど、どうしようもない位にピアノを弾くことが楽しい。

 音楽団のみんなも近くで頑張っている様子を思い浮かべると、みんなで演奏した時の感動はとてもすごくなりそうな予感がした。


「頑張るぞ」


 私はちょっと腕を解してから、もう一度ピアノに向き合う。

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