28.音楽団への入団

 今日はいつもよりも30分程早く目が覚める。

 頭の中を水で洗ったかのように意識はスッキリとしていた。


「頑張るぞ」


 今日から音楽団の練習に参加することを考えると、自然と気分は浮かれてしまう。

 早く練習に参加したいという思いを胸に、スキップしながら身支度を整える。

 鼻歌混じりで公爵邸を歩いていると、ベン様と鉢合わせた。


「おはよう。用意が早いな」


 そういうベン様の表情はいつもよりも浮かれているように見える。

 一緒に演奏することを楽しみにしながら、朝を過ごす。


「出発しないのですか?」

「まだ集合まで何時間も前だぞ」


 音楽団の練習が楽しみで仕方なくて、気分は全然落ち着かない。

 時間を潰そうにも、音楽団のことが頭から離れないせいでソワソワしたままだった。


「少し早いが、練習場に向かうか」

「はい!」

「余程楽しみだったんだな」


 ベン様は柔らかい表情で笑う。

 一時間も馬車に揺られているが、音楽団のことを考えていると全然退屈じゃない。

 ベン様から団員の話を聞く度に早く会いたいと期待する。


「ベン様は音楽団の人が好きなんですね!」

「好きっていう訳じゃないが……信頼はしているぞ」


 そんな話をしているといつの間にかメインの練習場に到着していた。

 公爵邸の離れにあるホールも大きいと思っていたが、それとは倍近くある迫力あるホールが目の前にある。


「すごい大きいですね」

「王国一のホールだからな」


 そう説明するベン様は少しだけ鼻が高く見えた。

 私の心臓は期待と興奮でドクドクと元気に鼓動をしている。


「早く中に入りましょう!」

「焦らなくてもホールは逃げないぞ」

「それでもです!」


 私はベン様の手を引いて、ホールに向かって駆け出す。

 

「すごい……」


 入口から一歩進むだけで大きな空間が目の前に広がる。

 大きなシャンデリアはキラキラと輝きを放つ。

 辺り一面が綺麗に装飾されていて、豪華絢爛と呼ぶに相応しい場所だった。


「何千人ものお客さんが聞く中で演奏するんだ」

「頑張ります……」


 スケールが大き過ぎて夢のように遠く感じる話に不安が募る。

 自分の演奏が何千人も感動させられるかわからなくなってきた。


「大丈夫さ。俺や音楽団の団員も一緒さ」

「すごく頼もしいです!」


 そんな話をしながらホールを回っていると、そろそろ練習の時間が近づく。


「さて、団員との対面だ」

「緊張します……」

「アイラの演奏なら大丈夫さ」


 ベン様は私の頭を優しく撫でる。

 不安や緊張は頭の中から振り払われて、頑張ろうという気持ちだけが残った。


「頑張ります!」

「良い意気込みだ」


 練習部屋に入ると、団員はそれぞれ楽器を手に座っている。

 そんな中でベン様が手を叩くと、急に真剣な空気へと変わった。


「今日から音楽団の一員として活動するアイラだ」


 私は挨拶をすると、まばらな拍手が響く。

 そんな中で金色の長い髪を靡かせる女の人が勢いよく立ち上がる。


「私はアイラさんの入団に反対です!」


 私を指差しながら出たセリフは部屋に何度も反響した。

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