9.公爵様の思惑(ベン視点)

「ふぅ……」


 涙を流しながら夕食を食べるアイラ嬢を思い出して、息を溢す。

 この環境を気に入ってもらえたことは家の当主として誇らしく感じた。

 ただ、涙の理由は他にあるような気がしてならない。

 そんなことを考えながら、やり残した仕事をするべく執務室へ向かう。


「ナターシャか……」


 執務室で書類と睨み合っていると、アイラ嬢の案内を終えたナターシャが隣に立っていた。


「アイラ嬢の印象は?」

「所々抜けている部分は見えますが、それでも礼儀は問題ないかと」


 ナターシャは淡々とアイラ嬢の様子を報告する。

 悪意は感じられないと説明をしていると、ナターシャは途端に言葉を詰まらせた。

 

「アイラ嬢の清貧すぎる気質のことだろう」

「はい。軽く部屋を拝見しても、アイラ様の私物がほとんどないです」

「それに、服もずっとボロボロだったな」


 今日公爵家で出した食事は高級なものではない。

 それでも、アイラ嬢は初めて食べると明言していた。


「いくら実家が借金まみれでも、伯爵令嬢なら普通の食事のはずだが……」

「それに、すぐに謝る癖も貴族の令嬢らしくないです」


 一見すれば、大人しい令嬢と言える。

 だけど、所々に見える違和感が引っかかってしまう。


「ああ、サートン家についてもう少し調べる必要があるな」


 社交界にほとんど顔を出さないことから、原因はサートン家にあると推測する。

 こういう違和感は払拭しないと後々尾を引くと自分に言い聞かせた。


「はい。私はアイラ様から事情を探ってみます」

「頼む。だが、くれぐれも慎重に」


 ナターシャは頷くと、調査書を俺に見せる。

 調査書にはサートン家が抱えている借金の額が記されていた。


 歴史ある由緒正しい貴族のサートン伯爵家だが、ここ十年で実地してきた事業はどれも失敗している。

 その結果、サートン伯爵家の財政は火の車となっていた。


「しかし、アリア嬢にとっては苦しい話だな」

「実家に売られたようなものですからね」

「だからこそ、できる限り良い環境を用意したい」


 俺もナターシャも目には同情の念が浮かぶ。


「結婚には愛は存在しないのは仕方ないことだ」


 そんな俺の呟きにナターシャは表情を曇らせる。


「どうかしたのか?」

「此度の結婚は本当に宜しかったのですか?」

「ああ、アイラ嬢が不満を持たなければ何も問題がない」

「でも、そこにベン様の愛情はないです」


 ナターシャは俺の言葉に納得していないようだった。


「貴族の結婚なんてそんなものだ」

「ベン様自身はそれで良いのですか?」

「鬱陶しい令嬢よりはずっと良い相手だ」

「だから反対しています」


 サートン家当主と話をした際にアイラ嬢の義姉を勧めてきたことを思い出す。

 彼女は社交界でも高飛車な性格で有名だった。

 それに対してアイラ嬢は滅多に社交の場に出ないが、大人しく見える。


「俺はこの結婚に納得している」

 

 いずれ結婚する必要があるなら、アイラ嬢はかなり良い相手だと思った。

 だから、この結婚に不満は一つもないとハッキリ言う。


「そう……ですか……」

「ああ」


 腑に落ちない様子だったが、ナターシャは追求を止める。

 俺が子供の頃から働いていた古参の使用人だからこそ、思うところはあるだろう。

 それでも、俺の選択が変わることはない。

 

「ただ、アイラ嬢が公爵家で快適な生活できるよう、支えてほしい」

「公爵家に恥じぬよう全力を尽くします」


 ナターシャは諦めた表情を浮かべると、決意を目に宿す。

 そんな様子に俺はナターシャに安心と信頼を覚える。


「頼んだ」

「承知いたしました」

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