8.夕食

 ベン様からの婚約に関する説明を終えて、私は自室に案内される。

 想像と段違いな好待遇に、私は現実味がないまま部屋に到着した。


「ふぅ……」


 ナターシャさんが部屋を出て1人になると、自然とため息が溢れてしまう。

 揺れのひどい馬車にベン様の対面は私に疲労を感じさせた。


「とりあえず、婚約破棄されなくて良かった……」


 実家への強制送還は回避できたことにホッとする。

 それでも、ベン様の好意に甘えるわけにはいかないと気を引き締めるように頬を叩く。


「しっかりしなくちゃ」


 決意を言葉にすると、自然と手が荷解きを始める。

 テキパキと進めていくと、実家から持ってきた荷物も少ないからすぐに終わった。


「やっぱり豪華だなぁ」


 これから生活する自分の部屋は埃ひとつない綺麗さを保つ。

 家具も一式揃えてあって、どれも傷ひとつない。

 多分新しく買い揃えてくれたと思う。


「これからは頑張るぞ」


 そう意気込むと、部屋にノックが響く。


「アイラ様。そろそろ夕食のお時間ですが、お召し上がりになられますか?」

「はい、今行きます」


 私は慌ててドアの方に向かうと、笑顔のナターシャさんが待っていた。


「では、食堂までご案内いたします」

「わざわざすみません」

「いえ、これが私の仕事なのでお気になさらず」


 相変わらず公爵家は広くて、食堂に行くまでそれなりに歩く必要がある。

 慣れない感覚に戸惑いを覚えつつ、ナターシャさんが食堂のドアをゆっくりと開く。


「来たか」

「ベン様⁉︎」


 食堂には既にベン様が座っていた。

 

「別に家族だからこれくらい普通だぞ」

「騒がしくしてごめんなさい……」


 いきなりのことに驚きが表に出ると、ベン様は当然だと言う。

 私は家族という言葉に戸惑いを感じながら、席に座る。

 食卓にはたくさんの美味しそうな料理が並んでいて、食べて良いものかと戸惑ってしまう。


「遠慮することはないぞ」

「では、いただきます」


 ベン様に食べていいと言われて、ゆっくりと食事を口に運ぶ。

 料理はどれも初めて食べるような豪華なもので、一口噛むたびに感動を覚えた。


「味はどうだ?」

「今までに食べたことがないくらい美味しいです」


 私は人生で初めて食べる温かい料理に涙を溢すと、ベン様は驚いた表情を見せる。


「どうかされましたか?」

「いや、すまない。こんなに喜ばれるとは思ってなくて」


 ベン様が咳払いすると、別の話題で会話が進む。


「ご馳走様でした。とても美味しかったです」

「そうか、料理人にも伝えておく」


 初めて味わう満腹感に幸せを感じる。

 こんな幸せがずっと続けばいいなと願ってしまう。

 だからこそ、ベン様に見限られないように頑張らないといけない。

 そう自分に言い聞かせて、食堂を出る。

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