4.婚約

 お父様に連れられた先は、家族の団欒の場として使われている食堂だった。

 重苦しい摩擦音を響かせてドアが開く。


「遅いわよ」

「全く、不出来な妹なんだから」


 一歩食堂に足を踏み入れただけで、ルージュ義姉様とダイアお義母様から悪態をつかれてしまう。


「でも、今日は気分が良いから許してあげるわ」

「ええ、とっても嬉しいことがあったものね」


 今度はお皿が飛んでくるかもしれないと覚悟をしていた。

 だけど、二人は異様なほどに機嫌が良くて、何事も起こらない。


「さて、家族団欒の時間にしましょう」

「ええ、アイラはそこに座ってちょうだい」


 異様な優しさのお義姉様とお義母様に不気味さを感じていると、お父様の咳払いが食堂に響く。


「単刀直入に言う。アイラ、お前はリンドヴルム公爵と結婚することとなった」

「おめでとうございますわ!」

「ええ、妹の門出はめでたいわね」


 中身の伴わない祝福の言葉に身震いさせながらも、作り笑いだけは崩さない。

 ただ、相手が侯爵ならルージュ姉様と結婚するのが普通だ。

 それなのに、何故私が選ばれたのか不思議に思う。


「お母様、リンドヴルム公爵様の噂はご存じで?」

「ええ、とても冷酷で厳しい方らしいわ」

「泣かした女性は数知れずな暴君と言われているわ」


 分かっていたが、結婚相手の噂は最悪と言える。

 この家族が私に幸せを用意するわけないから期待はしていなかった。

 それでも噂を聞くだけで気分は落ち込んで、憂鬱だけが心に残る。

 

「これならアイラの根性なしな性格も良くなるわね」


 ルージュお義姉様の皮肉で辛い結婚生活が嫌でも頭に思い浮かぶ。


「捨てられないように頑張るのよ」

「ええ、これ以上我が家に恥を塗ったら許さないわ」


 もし公爵家から捨てられた場合、家族は絶対に私を許さない。

 適当な冤罪で処刑されるなんて目に見えている。


「アイラ、結婚にあたって一つ条件がある」


 いくら不安を感じても、それを処理する時間なんて貰えない。

 私の内心が落ち着かない中で、お父様の鋭い目線が突き刺さった。


「今後はサートン家に毎月仕送りを送れ」


 お父様は普通の人が何年も暮らせる程のお金を要求する。

 身売りと言える結婚に私は言葉を忘れてしまう。

 

「お前はこの家に害ばかり与えてきた。役に立てるだけありがたいと思え」


 そして、お父様は当たり前だと吐き捨てる。

 割り切ることのできない絶望と虚しさが心の中で暴れ出す。


「翌朝には出発だから今日中に用意しておけ」

「分かりました……」

「用はそれだけだ」


 感情に蓋をするように無表情を貫くが、冷たい一言が私に突き刺さった。

 もう何も感じないと思っていた心が悲鳴をあげる。


「早く出ていきなさい。食事の味が悪くなるわ」

「はい……」


 歯を食いしばって我慢していたが、食堂のドアを閉めると涙が溢れてしまう。

 どうしようもない孤独は寂しさすら感じさせず、心に穴が空いた感覚が私を襲った。

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