儚い青春

紫栞

儚い青春

忘れもしない高校2年生の秋。

あの日から俺の日常は変わってしまった。


高校1年生の春。

新しい制服に身を包み、緊張した顔で入学した。

中学までの友達と離れ、皆初めての顔。

桜は7割ほど散って、コンクリートをピンクに染めていた。

春の風は暖かくて、まるで俺らを歓迎しているようだった。


様子を伺いつつ、部活にも入部していくうちにグループが出来ていく。

1ヶ月もすればそれなりに関係性が生まれ、入学したての緊張感はなくなっていた。


「ダイキ、なにしてんのー?今日、委員会でしょ!先行っちゃうよ!」

「ごめん、待てよサクラ!(ガンッ)…ってぇ!」

俺、雨野大輝は紗倉陽菜に2人がクラス委員の体育祭実行委員に行くことを急かされている。

足をぶつけて悶絶する俺の事なんてお構い無し。

笑いながら先を行く陽菜。

「ちょっとくらい心配してくれてもいいだろ。」

「初めての委員会で2人とも遅刻なんて笑えないから。」


陽菜は肩につくくらいのミディアムヘアを揺らし、俺に振り向いて笑いかけた。

太陽のように明るく元気な陽菜はクラスでも目立つ存在だった。


何とか委員会には間に合い怒られずに済んだ。

先輩たちは手際が良く、決めなければいけないものは次々に決まっていく。

呆気に取られぼーっとしている俺とは対照的に、陽菜は積極的にメモを取ったり先輩に質問をしていた。

誰にも躊躇せず向かっていけるメンタルは羨ましい。

「で、うちのクラスどれにする?」

「ん?え?!あぁ……。」

「聞いてなかったの?もうー。」


陽菜には委員会が終わったあともグチグチ言われたがなんとか終わった。

荷物を取りに一緒に教室に戻ったがお互い部活があるので短い挨拶を交し解散した。


その後俺は、忘れ物をしたり、授業中寝たりして、その度に先生に怒られていた。

その度に女子からは笑われ、友達からはからかわれていたが、高校生活は上手くいっていると思う。

部活も先輩と仲が良く、高校生活は穏やかに流れていた。


梅雨が明け、テスト期間が始まる。

各々図書室に残ったり、友達とファストフード店で勉強したり、テストムードに染まる。

俺は相変わらず忘れ物をして教室に取りに戻ると陽菜が残っていた。

近付くと寝ているようだったがノートが濡れているのが気になった。

目から一筋の痕があった。泣いていたのだろうか。

でも委員会以外でほぼ話すことの無い俺には関係ないだろうと教室を後にした。


テストは案の定赤点があり、想定外に3つもあったが補習に参加することで何とか救済してくれるとのことだった。

先生からは「雨野は補習中寝たら落とすからな」と脅された。


待ちに待った夏休みが始まった。

セミがうるさいくらい元気よく鳴き、新緑を生ぬるい風が揺らす。山の稜線から入道雲が覗く。

夏のうだるような暑さに辟易しながら、1週間程度の補習に参加した。

俺以外にも各教科参加者がいて、常にクラスは5人くらいで行われた。

ただ、学年単位で補習が組まれているため話したことも見たこともないような人もいた。

6クラスもあれば関わりのない人の方が多い。


補習が終わりようやく部活に参加できるようになった。

先輩からもついにからかわれるようになったが、それでも夏休みは部活に遊びに満喫していた。

そんな夏休みはあっという間に終わりを迎えた。


夏休みが終わると文化祭に体育祭にイベントが目白押しだ。

文化祭は飲食を先輩がやることになり、1年生は劇やダンスなどのパフォーマンスをやることになっていた。

正直表舞台には立ちたくなかったが、普段の行いが悪すぎて悪目立ちをしているせいで推薦され、反論する間もなくダンスをやる羽目になった。

毎日放課後はダンス部の女子から熱のこもった指導が始まった。

日の入りが早くなってきていた。


散々動きがぎこちないだの、振りが違うだの、位置が違うだのダメ出しだらけだったダンスもなんとか形になってきた。

本番が近付き、だいぶ女子からも「いいじゃん」と褒められるようになった。

フォーメーションを組んで、衣装を揃えて踊る。

自分では見えないのでよく分からないが身長がそれなりにあったおかげでかっこよく見えるらしい。

本番は1年生にしては賑わっていたし、盛り上がった方だったらしい。

ダンスだったおかげで回る時間が長くとれてそれはそれで楽しめた。


やっと文化祭が終わったと思ったのに、次は体育祭が迫っていた。

高校生も何かと忙しい。

体育祭は自分が実行委員ということもあり、尚更忙しかった。

陽菜は相変わらず明るく、クラスの人気者という感じだった。

陽菜が取りまとめればどんどん決まっていき、走順や種目別の選出もあっという間だった。


リレーのバトンパスを練習したり、学年競技の練習も率先してやった。

何度も練習して、試行錯誤を繰り返しクラスは一丸となった。


体育祭の日は、見事なまでの秋晴れで、まるでみんなの気持ちを表しているようだった。

1番練習したリレーではバトンのミスなく見事1位を獲得できた。

学年種目は惜しくも2位だったが、ほかの種目で巻き返した。

更には最後の選抜リレーで陸上部の陽菜もサッカー部の俺も抜擢されていた訳だが、なんとか先輩に繋ぎ1位を取ったため、チームは優勝した。

学年関係なく集まって写真を撮ったり、クラスでも写真を撮って優勝に盛り上がった。

夜には学校の傍のお店で打ち上げもした。

いつも見なれた制服ではなく、私服での参加だったので緊張したけど、服が違っても中身は変わらないから普段と変わりなかった。


体育祭まで終わるとイベントはもうない。

2年生は進路希望調査が始まり、初めての模試を受ける。

3年生は本格的に受験勉強が始まり、ピリピリとした雰囲気がある。

1年生も1年生でそんな先輩を見ているから、2年生になりたくないなーとぼんやり考えている。

12月は寒波に見舞われ、例年より寒い冬となった。

朝起きると窓には結露が付いていて、もう一度布団に戻りたくなるような寒さだった。

道を歩くと街路樹の下には霜が降りて踏みつけるとザクっと音がした。

3年生の引退した部活はどこか活気がなくて、外と同じように少し寒さを感じた。


冬休みが終わり、いよいよ大学受験のシーズンが始まる。

早くに決まった人、志望校に落ちた人、泣いている人、笑っている人、色んな顔を見た。

俺らは俺らで定期テストに悩まされる。

テスト範囲の多さに怒ったり喚いたりしながらなんとか暗記していく。

あの先生は問題が厳しいだの優しいだの色んな噂がかけめぐる。

いつか見た教室での陽菜を思い出して誰もいなくなった教室に戻ってみるけれど、そこに陽菜はいなかった。


冬の定期テストではようやく赤点を免れ、友達には頭をクシャクシャにされながら祝われた。

3年生はもうすぐ卒業を迎える。

あれだけ寒かった冬も、終わりが近付き、暖かな春の風はすぐ傍まできていた。

たんぽぽが地面に存在を示すように黄色い花を咲かせ、桜の花は少しづつ開花してきていた。

昨年はここで試験を受けて、合否を見て、採寸に心が弾み、来年度からの生活に夢を見ていたことを思い出す。

1年が本当にあっという間だった。


卒業式は2年生と3年生が参加するので、1年生の俺らは先輩に花束を渡すべく式の終わる時間に集合した。

部活の先輩に花束を渡し、先輩より号泣した。

最後に笑われながら、卒業式が終わり、その数日後に終業式も終わった。


春休みを迎え、一層春の風は暖かくなり、季節の移ろいを感じる。

始業式をどんなに拒もうと、日は進み、始業式を迎える。

何のことはなく2年生になり、クラス替えにドキドキしながら学校に向かう。

陽菜とはまた同じクラスだった。

「大輝またクラス一緒じゃん!よろしく」

隣で見ていた陽菜に声をかけられる。

「あーまじか。よろしく」

「何その嫌そうな声。早くしないと遅れるよー」


クラスに向かい、昨年同じクラスだった友達や同じ部活の仲間が同じクラスにいることに安堵し、ハイタッチをして喜びあった。

担任の先生も昨年と同じだった。


入学式が行われ、そのあとは各部活の勧誘合戦に参加した。

初々しい1年生に、自分たちもこんなに初々しかったっけと懐かしい気持ちになる。


4月は恒例の委員会決めがある。

何故か陽菜に一緒に体育祭実行委員をして欲しいと頼まれ、今年こそ委員会に入らない予定だったのにその予定は一瞬でなくなった。

昨年は大して話していないのに今年はやけに話しかけてきた。

周りの友達からは好かれてるだの付き合えだの囃し立てられた。

そんなにされると気になるもので、気付けば陽菜のことが好きになっていた。


6月、梅雨の真っ只中で連日雨が続いていたある日、お互い部活が休みになり成り行きで一緒に帰ることになった。

駅までの狭い道を譲り合いながら歩く。

雨の音や車の音にかき消されないように少し声を張って、他愛ない話しをした。

1年同じクラスでこんなに話したのは初めてだった。

「じゃあ私バスだから」

「おう、また明日な」

次の日も何かあるかと期待したが、特に変わらなかった。


相変わらずテスト期間は憂鬱だが、クラスで勉強している陽菜と一緒に勉強をするようになった。

と言ってもお互い自分の席で黙々と自分のことをしているだけだった。

ただ、タイミングが合えば一緒に帰ることもあった。


「紗倉さぁー、この問題わかる?」

「ねぇ、紗倉じゃなくてみんなみたいに陽菜って呼んでよ」

「なんでだよ」

「陽菜の方が好きだから」

「あ、そう。じゃあ陽菜、この問題わかるか?」

自然と会話をするようになり、呼び方も変わった。

テストが終わり、陽菜のおかげもあり赤点を免れた俺は夏休みに入る前に陽菜に告白をした。


「陽菜、俺と付き合ってくれないか?」

「いいよ。いいに決まってるじゃん。」

「え?」

「私昨年から大輝のこと好きだったよ。気が付かなかったの?」

ひまわりのような明るい笑顔を見せその場でぱっと回る陽菜に俺は目が離せなかった。


初めて彼女がいる夏休み。

蝉の声は祝福に聞こえ、入道雲は演出のようだった。

電車を乗り継いで海に行ったり、水族館に行ったり、色んな場所に行った。

昨年とは違った楽しさがあった。

文化祭の準備を夏休みにもやることになったが、全く憂鬱じゃなかった。

付き合っていることは瞬く間に広まり、友達にはからかわれたが、それすらも幸せだった。


だが、夏休みが終わると陽菜は学校を休みがちになった。

心配して連絡しても元気そうな返事が来た。

家に行くと、初めはパジャマだからと断られたが何回か行くと「仕方がないなぁ」と少し困った顔で入れてくれた。

高校生の財力では飲み物やデザートの差し入れが限界だったけどそれでも喜んでくれた。


学校に来る日はいつも明るく、普段と変わりない陽菜だった。

俺は陽菜に何が起きているのか分からなかった。

ただただ心配だった。

すごく楽しみにしていた文化祭も行けるかわからないと不安そうな声で電話をしてきた。

電話越しの泣きそうな声に励ますことも出来ずただただ頷くしかなかった。


文化祭は何とか来たが、明らかに顔色が良くなかった。

それでも気を遣わせまいと無理した笑顔が大輝には感じられて痛々しかった。

文化祭での無理がこたえたのかしばらく陽菜は40℃近い高熱にうなされた。

学校が終わると部活も休んで一目散に陽菜の家に向かった。

「部活は?」

か細い声で陽菜は心配そうに見つめる。

「ばか、お前彼女がこんな状態で部活行けるかよ」

「へへへ、そうか、優しいね大輝は」

寝ている陽菜の目から一筋の涙がこぼれる。

俺は雑に指で涙を拭き取り、そんなんじゃねぇと強がったが、涙が溢れて台無しだった。

「だせぇな俺。」

「そんなことないよ。」


学校では体育祭の準備が進む。

昨年も実行委員だったはずなのに、陽菜がいないとなかなか思うようにクラスがまとまらない。

陽菜が学校に来れた日には頼りないなぁとみんなをまとめてくれた。

1日1日が早く進みすぎて時間よ止まれと念じ続けた。

でも無情にも時間は進んでいく。

セミの鳴き声はいつの間にか聞こえなくなり、空にはいわし雲が広がっている。

陽菜の調子も日ごとにますます悪くなっているようで、登校できる日が減っていた。

楽しみにしていた体育祭には何とか来たが、どの種目にも参加せず日陰でみんなのことを応援していた。


それから数日、先生から紗倉陽菜が入院したことを聞かされた。

随分病状が良くないらしかった。

あんなに明るくて活発だった陽菜が病気にかかっていること自体信じられなかった。

たまにお見舞いに行ったけど、見るからに衰弱していた。


秋も過ぎて風に吹かれた葉っぱが落ちだした。

上着が欲しくなるような寒さに身を縮め、今年も寒いのだろうかと冬の到来を拒みたくなる季節になった。

そんな寒空の中、陽菜は呆気なく死んでしまった。

白血病だったようだが、若さゆえにがん細胞が活発過ぎて手立てがなかったそうだ。

詳しいことは何度聞いても高校生の俺にはいまいちよく理解できなかった。


枯れるほど涙を流した。

現実を受け止めたくなかった。

それから俺は学校に行かなくなった。

部屋に引きこもり、何をする訳でもなくぼーっと日々を過ごした。

日にちの感覚も時間の感覚もなくなりこのまま自分も死んでしまいたいと思った。

そんなある日親から「なんか手紙が来てるけど。部屋の前置いとくから後で見て見なさい。」と言われた。

こんな時に誰からだろうと重い腰をあげる。

ドアの前に置いてある手紙には紗倉陽菜の文字。

なんのイタズラかと破り捨てそうになったが、そこにはたしかに陽菜の文字が書かれていた。


中には可愛らしい便箋に可愛らしい文字が並んでいた。

『雨野大輝さんへ


こうやって手紙を書くのは初めてだね。

少し緊張してます。


私は重い病気にかかっちゃったみたいです。

こんな私が人を好きになっていいのかすごく悩んだんだけど、大輝鈍感だから病気になる前から好きだった気持ちは諦めきれなくて…

2年生になって同じクラスだった時は神様ありがとうって思ったよ。

そこから沢山声をかけてやっと振り向いてくれた時はすごく嬉かった。

まさか付き合えるって思ってなかったから。

でも付き合ってからの方がかえって胸が苦しかった。

自分の病気の進行には気付いていたし…

でも一緒に色んなところにデートに行けたのはすごく楽しかったしいい思い出になった!

私がいなくなったら大輝絶対病んで部屋に閉じこもって死んじゃいたいとか思うんだろうなー。

だめだよ?そんなんじゃ。

高校生活はまだ続くし楽しまないと。

私がいなくったって1年生の頃は楽しくやれてたんだしさ、残りの高校生活楽しんでよ。私の分まで笑

私大学では子供に関わることしたかったんだよね。でも病気になったら医療関係の道もいいなって…優柔不断だよね笑

大輝はなんか夢とかあるのかな?

あんまり未来の話ってしなかったね。

でも夢は大きく、ちゃんと羽ばたくんだよ!

早くこっちに来すぎたら追い返してやるんだから!

私にとって大輝は最初で最後の彼氏だからねー

雨と陽で正反対だけど、私がずっと太陽みたいに照らすから!ずーっと、大好きだよ。幸せになれよ🌻


紗倉陽菜』



陽菜は自分が死んでしまったあと大輝がどうなるかお見通しだった。

その手紙は陽菜のお母さんが見つけて、陽菜の家に来たクラスメイトに託したものだったらしかった。

その手紙を読んで、最後の大号泣をして、やっと現実を受け止めた。


部屋から出ると朝だったようで、久しぶりに浴びる朝日は眩しかった。

よろよろと階段を下りる。

お母さんは何事もなさそうに「朝ごはん食べる?」と朝ごはんを作ってくれた。

いつも部屋の前に置いてくれていた食事も食欲がなかなかわかず、手をつけなかったり、手をつけても少ししか食べられなかったが、朝ごはんは時間をかけてゆっくり食べ切ることが出来た。

午後には学校に行ってみようかなとカレンダーをみるともう2月になっていた。

ついているテレビを見たけど、陽菜が生きていた時と変わらない朝の番組がニュースを流していた。


「あんた髪伸びたね。お風呂でも行ってきたら?」

お母さんに言われ、こんなに病んでいても髪は伸びるんだなと思いつつお風呂場に向かった。

自分の姿を鏡で改めて見るとかなり荒んだ感じになっていた。

これはお風呂に入らないとなと少し笑ってお風呂に入る。

それから美容室に予約の電話をした。

午前中のうちに美容室に行き、髪を整えた。

久々の外は寒くて、すっかり冬になっていた。

外に出たらしっかりお腹がすいてきて家に帰ると昼ごはんをおかわりした。

「そんなガツガツ急に食べたらお腹がびっくりするよ。」

なんてお母さんの声も聞かずに食べた。

すごく優しい味がして美味しかった。

急に動いたせいか疲れすぎて学校には行けなかった。

明日は行ってみよう。


次の日、朝から普通に起きて、制服を着て、久々に学校に向かった。

何も変わりない通学路だった。

学校に着くとみんな驚いた顔をしていたけど、友達に囲まれてなにしてたんだよと口々に怒られた。

俺は愛されていた。

こんな幸せな日々を陽菜はもう過ごせないのかと思うと悲しいけど、その分までしっかりと生きようと思った。

陽菜の手紙に一緒に入っていた2本のミサンガのキーホルダーがカバンに揺れる。


fin.

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