第11話 入学式

 エドウィン殿下の新入生歓迎の言葉から始まった入学式。


 始まってしばらく経ったころ。

 来賓者からの祝辞を頂いている最中、一人の女子生徒が教員に先導されてこっそりと着席した。



 あのパステルピンクは!

 え?

 なぜ今頃になって入って来たの?



 セドリックに急かされてギリギリ始まる前に滑り込みセーフで間に合うはずのパナピーアが、どうして今になって入って来たのか……アデリアーナにはまったく状況が分からなかった。


 いけないとは承知で、思わず保護者席をこっそり確認する。

 両親とセドリックはちゃんと席に居て、アデリアーナは無意識に詰めていた息をそっと吐き出した。


 予知夢では子猫の世話のため遅れて入って来たのはセドリックだったはずなので、夢とは違う事が起きているらしい。

 彼らの出会いは阻止できた可能性が高いのかもと思うと嬉しくなる。


 もうこれだけで今のアデリアーナがホッとするには充分だった。


 入学式は順調に進んでいた。

 そして再び生徒会長としてエドウィンが壇上に進み出る。


 この王太子殿下、普段は取り澄ました笑顔しか見せない。

 なのに今、見渡した先に婚約者の姿を見付けて無意識に微笑んだものだから、場内の──特に女生徒たちが騒めいた。

 微笑ではあっても本心で笑うなど、公の場ではまず見られない貴重なものだった。


 大陸中に知れ渡るくらい美丈夫な王子の心からの微笑みは相当な破壊力で、これはパナピーアにも驚きを与えていた。

 全てを神の視点で見ている者がいるのなら。

 あーあ。あの王子、完全にロックオンされちゃったよ……と思った事だろう。


 アデリアーナもエドウィンの心からの笑顔には驚いている。

 それは婚約者に選ばれて既に四年の間、ついぞ見せてもらえなかった表情なのだ。


 以前のアデリアーナは完全に片思いだった。

 エドウィンからは、単に政略結婚の相手としか認識されていなかったのだから、彼女と同じ思いを返してもらえないのは仕方なかったのかもしれない。


 けれど婚約者になってからのアデリアーナは、エドウィンに認めてもらえるようにと、お妃教育や社交、公務や慈善事業など、できる事は頑張ってやって来たし、彼との距離を埋めるように色々気遣ったり、彼のためにできる事を探して彼女なりに頑張っていた。


 そしてエドウィンたちが学園に入学してからは、会える回数が大幅に減るので心配していたものの、ようやくこれまでの成果が出たからなのか、殿下のほうからも歩み寄ってくれているのだと分かるようになって来てやっとホッとできたのだ。


 しかも半年前からは、わざわざ機会を設けて逢いに来て、やっと穏やかな笑みを見せてもらえるようになった事で、アデリアーナは自分の努力が報われているような嬉しい気持ちで入学までの日々を過ごして来た。


 最近のエドウィンは本当に優しく、これなら『殿下の会心の笑み』を見られる日もそう遠くはないと期待もしていた。


 しかし今日、あの予知夢を見たあとは、もう『もう殿下の笑顔は見られなくなるかもしれない』と、谷底へ落とされるような不安へと転じてしまった。

 そんな中での出来事であり、それがここで完全に裏目に出てしまう。



 こんな素敵な笑顔は……まだわたくしに向けてくれた事は無かったのに……。



 ずっと見たかったエドウィンの最高の笑顔が向けられた先が自分だけでは無いことに、アデリアーナはショックを受けていた。


 まるで自分は特別ではなく、その他大勢に過ぎないんだと……ハッキリ言われているような気がして悲しかったのだ。


 入学式そのものに予知夢の出来事は関係しない。

 それでなのか現実も、殿下の微笑み以外は何事もなく終了した。

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