第10話 現実のセドリック②
「用が無いなら呼び止めないでほしいんだけど」
「え? ごめんなさい! あの、その……ここで子猫が鳴いていて……」
「子猫?」
セドリックは一応周囲を見回した。
当然だが子猫など見えない。
「あの、さっきまで居たっぽくて……声がしてたの。でももう居なくなっちゃって……」
「ふーん」
「だから……あの、いいい、一緒に探してもらえたらって……」
「は?」
あまりに自分本位な彼女の言葉に、セドリックの機嫌がさらに悪くなる。
笑顔はそのままに彼の足元から冷気では済ませられない氷属性の魔力が流れ出していた。
まだ学園で学んでいない今の彼は、魔力の制御が完璧ではない。
それでも日々の鍛錬で同年齢の子供よりよほど上手い彼にしては珍しかった。
「……なぜボクが?」
サラサラのシルバーブロンドがこぼれ落ち、
素晴らしい
「尊い……」
それすらパナピーアにはご褒美だったようだ。
「……ボクたち初対面だよね?」
「は、はい!」
「それでなぜボクが、猫探しを手伝わなきゃならないの?」
「えーと。あの子猫、すごくお腹空いてそうだったし……だから何か食べさせて、できたら飼いたいなって思ったから……」
「飼う? まさかキミ、学園の寮で飼うつもりなの?」
「……ダメかな?」
セドリックは頭痛がしてコメカミを手で押さえた。
特別寮でも要相談で、簡単には許可されないペットの飼育だ。
ただの一般寮で許可される事はあり得ないし、隠れて飼ったら最低でも停学だろう。
それを彼女は分かっていないのか、セドリックにキョトンとした顔を見せていた。
「頭痛いんですか? 医務室で頭痛薬もらいましょうか?」
そうじゃない、お前のせいだ……と彼は思う。
このバカは放置して早くホールに戻りたい。
セドリックは一度パナピーアを正面から真っ直ぐに見詰めた。
そしてこの突拍子の無い女の子に『何の感情も浮かばない事』を確認して、肩をすくめる。
この時までずっと『もし夢の中のように、この子に好意なんて持ったらどうしよう?』と不安に思っていたのだ。
それが杞憂に終わった今、セドリックの心は軽くなっていた。
もう用も無いし、早くホールに戻りたい。
セドリックは無言で歩き出す。
「えっ⁉︎ ちょっと! 待ってよ!」
「……何か?」
呼び止められて迷惑とは思いながら、日頃の紳士教育の賜物か? よそ行きの笑顔で振り返った。
「あの……どこ行くの?」
「……入学式。もうじき始まるでしょ?」
「へ? あ……そっか」
この子は自分の予定も頭に入ってないのかと訝しむが、パナピーアはそれどころじゃない。
ここで子猫を介しての出逢いイベントと、次の約束が無いという事は彼との接点無くなり、半年後の学園フェスティバルまで会う事さえお預けとなる。
そうなるとほかの攻略対象者が絡む出来事も改変されて、下手すると目指せない未来が出来てしまうかもしれないから必死だ。
「えーとじゃあ。入学式のあと、ここで待っていてくれる?」
どんどんありえない事を言われて、セドリックはドン引きである。
「……何言ってるの? どうしてキミと会わなきゃなんないの? おかしいでしょ」
「おかしいって……。変なのはセドリックよ。なんで待っててくれないの?」
パナピーアは訳が分からないという顔だ。
そして聞き逃せなかったのは……セドリックと呼ばれたこと。
「……なんでぼくをセドリックだって思ったの?」
「え? 何でって……セドリックはセドリックでしょ?」
セドリックは名乗っていない。
なのに初対面の彼女に名前を知られている。
彼の背筋をゾワりとしたものが這い上がった。
「変な顔してどうしたの? あ、セディって呼んだほうが良かった?」
セドリックはゾッとした。
これ以上彼女と話したら良くないことが起きそうで怖い。
心底嫌な気持ちを押し殺し、精一杯の作り笑いで「ボクはキミに用は無いから……」と言い残し、その場を立ち去る事にした。
──大丈夫。ボクはこの子に何の感情も持たなかった。
決して負けたわけじゃなく、当初の目的は達成されているのだからこれは戦略的撤退だ。
「なんで……?」
残されたパナピーアは茫然と立ち尽くし、セドリックの背中を見送った。
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