第6話 医務室

 パナピーアが近くの角を右に曲がったのを見て、アンセムは彼女が言いつけ通りに医務室へ向かったのが分かったようだ。

 眉間のシワを緩め、満足そうに頷いている。


 そしてちょっとかがんで「失礼……」と声をかけ、素早くアデリアーナを抱き上げた。



「ア、アンセム様?」



 アデリアーナが驚きの声を上げたが、アンセムはまったく顔を向けてくれない。

 それでも無視している訳ではないらしく、優しくて少し申し訳なさそうな声音が降ってきた。



「事前に防げず申し訳ありませんでした。どこをお怪我なさったのか僕が確認なんてできませんので……すみませんが医務室で女性医師に診ていただきます」

「あの、でもそんな、医務室に行くほどでは……」

「いえ、あとから何かあれば大変な事になります。きちんと診察を受けて、何も無かったとしても記録として残しませんと……」

「それでは殿下をお待たせしてしまいますわ」

「大丈夫です。診察を受けている間に僕が知らせに行きますから」



 何を言っても無駄で、結局アデリアーナはアンセムに運ばれていった。

 医務室では王太子の婚約者という事で、大変丁寧な診察をされ居た堪れない。

 アデリアーナは大した怪我では無いからと、この事は伏せてもらうように必死で頼んだ。


 なにしろ相手はパナピーアだ。

 今回のことを悪用して断罪に強引に持ち込まれても困る。

 でも穏便に済ませておけば、もしかしたら『断罪はかわいそう』とか思ってもらえたりしないだろうか?

 ほんのチョビっとの打算と共に、アデリアーナは優しい淑女の仮面を念入りに被ったのだった。


 アデリアーナのヒザは結構大きなアザができていた。



「あらあら、綺麗な白い足が台無しだわ」



 そう言って丁寧に湿布を貼って包帯を巻いてくれた女性医師。



「あの、さっきの女生徒さんのケガは……?」

「え? あぁ、パナピーアさんとか言ったかしら? 彼女、何ともなかったわよ?」

「何とも⁉︎ でも勢いよく転んでましたけど? あれで大丈夫だったのですか?」

「まぁ、彼女最近男爵家に引き取られたって言っていたから、きっと子供の頃は町中を走り回って遊んできたクチなんじゃないかしら?」



 庶民の子供ってどうしてあんなに元気で丈夫なのかしらねぇ……なんて微笑ましそうに笑ってる。



「何でも無ければ良いのですが……」

「結構そういう子居るのよ。運動神経は良いみたいだし、受け身──って分からないか、えーと、ケガしにくい方法を知っているみたいね」



 アデリアーナは女性医師と話してある程度安心したらしい。

 アンセムは医師の診断を聞いて、エドウィンへ報告しに行ってしまった。

 アデリアーナは女性医師が送ってくれたので、それに従って会場入りする事となる。


 ここでアデリアーナは考える。


 予知夢のアンセムは、パナピーアとの出会いをしたあと、彼女を医務室に送り届けているのだが、彼はパナピーアのそばにずっといる訳にはいかない。 

 すぐにエドウィンの元へ戻らなければならないのだ。


 なのに今日、あの予知夢とはまったく違う形でアンセムとパナピーアは今日出逢ってしまった。


 完全に回避できるなら良かったが中途半端になってしまって、この先の予想が難しくなったりしないだろうか?

 それがとても心配だった。

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