第7話 予知夢のセドリック

 現実のアンセムはパナピーアに塩対応だったが、予知夢のアンセムは真逆だった。



 もしアデリアーナのように医師では無くても、誰かが彼女に付き従ってくれたら、こんなに辛く無かっただろうか?

 いや、それが男性であればもっと離れがたい思いをしたのかもしれない……。



 なんて事をグズグズと考えているのだ。

 

 何にせよアンセムは医務室にパナピーアを残し、後ろ髪を引かれる思いでエドウィンの元へ戻っていく……というのが予知夢での彼の行動だった。



 そして、今日の出会いはあと三人も残っていた。

 次は義弟おとうとのセドリックだ。



 予知夢の彼は、入学式が始まる少し前にアデリアーナに会いに来る。

 そして両親の元へ戻る途中アンセムに医務室まで運ばれ、捻挫ねんざの手当が終わったばかりのパナピーアと出会う。


 もちろんイベントの始まりだ。


 独りになったパナピーアは渡り廊下の隅でお腹を空かせた子猫を見付ける。

 広い渡り廊下の隅でも、女生徒がしゃがみ込んでいる姿はとても目立ってしまう。

 それは彼女の髪色がパステルピンクだからだ。

 どう考えても、目が行かないほうが不思議だろう。



「何をしているの? キミ新入生だよね?」

「え?」



 驚いて顔を上げたパナピーアは動きが止まる。

 自分の隣に立っているのが見た事もないような美少年だからだろう。

 セドリックはまったく動かなくなった彼女を不思議に思い、ヒザに手を当て腰を折りできるだけ視線を合わせて話しかけた。



「もう式が始まるよ? 急いだほうが良いんじゃない?」



 サラサラのシルバーブロンドがこぼれ落ち、義姉あねと同じブルーグレーの瞳が輝く。

 ドキドキが止まらないパナピーアは、これ以上見ていたら心臓が壊れてしまうという危機感に駆られ我に返る。



「あ……忘れてた! 早く行かなきゃ!」



 スクッと立ち上がったけれど何かが気にかかったようで、抱きかかえている猫を困った顔で眺めた。



「でもこの子……お腹空いてるみたいなの」



 猫のほうも、そうだそうだと訴えるように、ミャーミャー鳴く。

 するとセドリックが苦笑した。



「……分かった。その猫はボクが預かって何か食べさせるから、キミは早く行きなよ」

「本当! ありがとう! それと……親が居なそうだし、あたしが飼おうかなって……」

「寮では飼えないけど、どうするの?」

「えっ!? そうなの? 困ったなぁ」



 その言葉に、面倒ごとに巻き込まれたなぁ、でもこんな可愛い子と子猫が困ってるなら仕方ないよね……って思ったセドリックは考える。



「式が終わったら……そうだなぁ、中庭のベンチのところで待っていて? ボクが連れていってあげるよ。その子猫の事は、あとでゆっくり考えよう?」

「わぁ、ありがとう! あなた優しいのね」



 あなたと呼ばれたセドリックは初めて、お互いに名前を知らない事に気が付いたらしい。

 はにかんだ笑みと共に、自分の名前を告げる。



「ボクはセドリック。キミの名前は?」

「パナピーアよ」

「パナピーア……かわいい名前だね。キミにぴったりだ」

「ほんと? すごく嬉しい!」

「あ、本当に時間が無いよ。早く行ったほうが良い」

「ひゃ〜! ありがと。じゃあ、約束だからね?」



 そう言ってセドリックに抱き付き、ホッペにキスまでして嵐のように去っていく。


 セドリックは公爵家に引き取られて以降、見せかけの笑顔の裏で意地悪な事を考えたり、人の不幸を面白がるのが上流貴族の令嬢なのだと学習していた。


 公爵家一族の末端である男爵家で幼少期を過ごした彼は、そんな令嬢たちが苦手だ。

 そこに貴族令嬢としては、見た事もないほど自由奔放でクルクル表情の変わるパナピーアは新鮮に映った。


 結果セドリックはここで、出逢ったばかりの女の子に恋してしまう。


 そしていま。


 アデリアーナは予知夢とは違って女性医師に付き添われて会場入りしてしまっている以上、このセドリックの出会いを阻止する事はできそうにない。

 これは仕方ないと諦めて、大人しく入学式が始まるのを待つしかできなかった。

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