第4話 回避方法の模索

「あ、あら? あんなところに池が?」

「あぁ、人工池です。中には外国から贈られた珍しい魚が飼育されています」

「まぁ、わたくし見てみたいわ」

「今ですか?」

「えぇ。今です」



 完全に棒読みだけど、アデリアーナは気にしない。

 気になったのはアンセムだ。

 いつもとは違うアデリアーナの様子に、いきなりどうしたのかと困惑しているのが伝わってくる。



「そうですか……しかし時間が……」

「ほんの少し。……ちょっと覗くくらいなら間に合いますでしょう? ね? お願い」



 可愛く小首を傾げて見せる事も忘れない。

 何故なら予知夢に出てきたパナピーアがこの仕草を乱用して、断罪四人組のみならず学園の男子生徒を籠絡して回っていたからだ。


 アデリアーナは確実に学んでいた。

 男子はこの仕草に弱いのだと……。


 そして今は王立学園の入学前。

 まだ王太子妃教育を受けて日の浅い彼女は、ポーカーフェイスも王族の威厳も完全には身に付いてはいない。


 今の彼女は幼いながらに美しく可憐な美少女。

 予知夢から学び取った今のアデリアーナのほうが、パナピーアより断然魅力的だった。

 だから彼女が可愛くお願いすれば、思春期真っ盛りのお坊っちゃまなど一溜りもない。

 アンセムはアデリアーナにデレデレだ。


 しかし相手は公爵令嬢にして王太子の婚約者。

 彼は殿下の側近だ。

 『ここはシャキッとした態度でお断りを!』そう思い彼女を見ると、可愛らしい天使の微笑みが返ってきて……。



「……少し。……本当に少しだけですよ?」

「嬉しい。アンセム様はお優しいのね」



 まだ上があったのかと驚くほど素晴らしい笑顔が……。


 未だかつて無い可愛さにアンセムは必死で耐えながら『あれ? アデリアーナ様って、前から美人だったけど、ここまで可愛かったかな?』と考える。


 そりゃあそうだ。

 彼女が予知夢で学び、新生アデリアーナに変わったのはついさっき、馬車の中での出来事なんだから、今回が『あざと可愛いアデリアーナ』初のお披露目である。


 そんな彼の葛藤を知らないアデリアーナのほうは、中々『うん』と言ってくれないので焦れていた。


 だから次の手段を試みる。

 彼女はダメ押しに、もう一度コテンと首を傾げて見せた。


 途端にアンセムは赤面してそっぽを向く。

 完全に彼の負けだった。


 そしてさっきよりも明らかに気を遣った歩みで、アデリアーナを池の方へといざなっていく。


 アデリアーナから彼の顔は見えなかったが、照れているのは丸分かり。

 あまりにも簡単に思い通り動いてくれて、彼女は非常に驚いていた。



 アンセム様って……。

 これはメイドたちが言っていた『チョロ過ぎる……?』というものでしょうか。

 それともパナピーアさんの男性を落とすテクニックがすごいのでしょうか?

 でもこれでパナピーアさんとの鉢合わせは回避できましたわね?

 あぁ良かった。



 アデリアーナは軽く池を見て周り、安心して校舎に入って行く。

 午前中とはいえ日差しのあった外とは違うんやりした空気の中、エドウィンの待つ生徒会室へ進んでいく。

 途中で上級生と思われる生徒が歩いてきた。



「ごきげんよう。この先の階段は今、業者が教材の搬入中なのです。すみませんが向こうの階段に回っていただけますか?」

「ありがとう、そうするよ。──アデリアーナ様こちらへ」

「え? そちらですか……?」



 まさかこんなところで元通りの道に誘導とか、そんな事ってありますの⁉︎



 アデリアーナは心の中で大混乱していた。

 そんな事はアンセムに分かるはずもない。



「どうしました?」

「いえ、何でもありません」



 うまい言い訳も思い付かず、結局例の廊下を歩く羽目ハメに……。

 ほどなくして見覚えのある場所に差し掛かる。



 あ、ここですわ。

 ここで左からパナピーアさんが突然飛び出して来たのでしたね。

 でも、あの時と時間がズレているし、大丈夫……ですわよね?



 タタタ、タタタ……。


 アデリアーナは耳を疑った。

 足音はからやって来る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る