第2話・学園探険

学園探険(1)

「それにしてもよかったですねぇ、奈子なこ部長。新入部員が来たとき用の挨拶セリフ、水の泡にならなくて」


 森の中にあるプレハブ小屋――異能部の部室にて、奈子率いる異能部員は、手持ちの武器の手入れをしたり、お菓子を食べてのんびりしたり、ソファにくつろぎ猫とじゃれ合ったり……と、各々自由に過ごしていた。


 そこには、もちろんせつなも含まれるが、せつな自身、新入部員という立場でどうしていいかわからず、緊張で強ばったままパイプ椅子に着席していた。

 いくら人見知りをしないせつなであろうとも、上級生を前に、その上、さきほどの戦闘を目の当たりにした手前、リラックスして話せないというものだった。


「そういうこと言うなよ、亜仁あに。恥ずかしいじゃんか……」


 武器の手入れをしていた奈子は、顔を少し赤らめながら亜仁を睨みつけた。亜仁は気にすることなく、猫のお腹に顔を埋めて、猫への愛を発散させている。

 林檎りんごはそんな二人を気にもとめず、雑誌を読みながら、テーブルの上のお菓子を食べていた。


 せつなはそんな様子を眺めつつ、頃合いを見て口を開く。


「……あの、さっきの生き物は、なんだったんですか?」


 上級生一度は、一斉にせつなへ意識を向けた。


「……あなた、入学式で話聞かなかったの? わたしたちの時は、ちゃんとされていたけれど」


 林檎に聞かれたが、せつなは苦笑いでこう答える。


「いやその……生徒会長の話までは覚えてるんですけど、そのあとの話はちょっと眠くなっちゃって……」


 入学式――実はせつなは、生徒会長の祝辞を聞いたあと、その後は興味のない話の連続で睡魔が誘発され、居眠りをしてしまったのであった。


 答えを聞いた林檎は、心底呆れた様子でため息をついた。


「……なんで今年の新入部員はこんなのなのよ。まだいなかったほうがマシだわ」

「林檎。そんなこと言わないでくれ。せつなはわたしの妹なんだ」


 奈子は林檎の言葉を制すと、優しい眼差しでせつなを見つめた。


「そうだね……じゃあ、一からちゃんと説明しよう。この学園のこと、異能部のこと――そして、我が国の敵である地球外生物、『ソラビト』のこと」


 せつなは息を飲み、奈子の話に集中しはじめた。


「ここ、音萌おともえ女子中等学園は、国家の認める、他者より才能の秀でたものだけが集められ、その才能をよりよく生かすための養成学校であり、ソラビト専門の国家防衛機関なんだ。これは入学の案内にも書かれているんだけどね」

「国のために頑張るってことは知ってたよ!」

「一応この場は異能部なんだから、姉妹の仲といっても、上級生には敬語を使いなさい」

「あうっ、ごめんなさい」


 奈子は笑って、話を再開する。


「学園には、生徒会をはじめ、その他五つの部で構成されている。わたしたち異能部はそのうちのひとつで、最前線に立つ部隊だ。わたしたち異能保持者は、唯一ソラビトに立ち向かうことのできる存在だからね」

「なるほど……だからさっき、あんな戦いを……」


 せつなはテーブルの下で、スカートの裾を強く握りしめた。


「そして最後に、ソラビトという存在について、だが……。ソラビトは、近年現れた地球外生物だ。不定期に出現しては人間を襲う、化け物。その狙いは地球征服と言われている」

「ち、地球征服……!?」

「ああ。地球の資源が狙いなのか……。奴らとは言葉が通じないからね。その真意はわからないけど、この国を襲う外敵、という事実は確かだ」


 奈子の目つきが鋭くなる。その瞳には、ソラビトに対する敵意が含まれていた。


「さ、さっきのムカデみたいなのも、そのソラビトっていう生物なんですね」

「ああ、そうだ。学園に現れたのははじめてだったな」

「まあ、過去にも何度かはあったらしいわよ。奴らも本拠地を叩けばいいと考えたのかしら? わたしたちにすぐに退治されるだけなのに、バカね」


 林檎はそう補足し、ポテトチップスを手に取っては口に入れた。

 奈子はそんな林檎に「そうだね」と微笑むと、


「……説明はこれで以上だ。何か質問は?」


 そう聞いた。

 せつなは「いえ、特に何もな……ありません!」と答えたが、徐々にその顔は俯いていく。


「……な、なんかわたし、すごい部活に入っちゃったな……」


 そんなせつなに、さきほどまで様子を見ていた亜仁が動き、せつなの後ろから抱きついた。

 せつなは驚いて振り向き、顔を赤くする。


「大丈夫だよ〜、ボクらがついてるし。それに、せつなちゃんはさっき、ボクのことを助けてくれたよね」

「……えと、あの、わたし……」

「ありがとう。初戦からあんなふうに動けるなんて、中々できないよ。次期部長は、せつなちゃんになるかもねぇ〜」


 せつなは、胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。自然と、せつなの表情も綻んでいた。

 和やかな空気が流れる中、林檎だけはせつなを――否、亜仁を睨みつけていた。


「確かに、あのとき臨機応変に動けたのは認めるわ。だけどね、次期部長の座はわたしのものよ! 部長は三年生がやるのが原則ルールなんだから!」


 林檎はそう言うと、今度はチョコレートの包みを開け、ひょいと口に放り込んだ。


「あはは〜。ごめんねぇ、せつなちゃん。林檎ちゃんはさ、異能部の部長になるんだ〜って、一年の時から言っててねぇ。口調はこんなんだけど、最初の言葉はちゃんと褒めてるから、安心してねぇ」


 亜仁はせつなの耳元で林檎のフォローをした。せつなは小さな声で、「はい」と笑顔で返事をした。


「……それにしても林檎副部長、お菓子好きなんですね。さっきからすごい量、食べてるみたいですし。クールそうなイメージを持っていたので、お菓子好きだなんて、意外です!」


 せつなは雑談を兼ねてそう話すと、林檎はみるみる顔を赤くさせ、かじりかけのクッキーを握りしめ小さくなった。


「……こ、これは、その……親が厳しくて、家だとあんまりお菓子が食べられなかったから……。ここなら、自由に食べられるし……」

「そうだったんですね。なんだか、かわいらしい一面を見れました」

「……! かっ、かわいくないっ!」


 林檎はクッキーを食べ切り、ふん、とそっぽを向いてしまった。


「お菓子が好きなのもいいが、太り過ぎには注意だぞ? 体重管理も、異能部の仕事のひとつなんだから」

「今日は久々の戦闘で、ここ一か月くらいは何もなかったからねぇ。少しだけ、林檎ちゃん丸くなってきてるし、ヤバいかもねぇ」

「――っ!!」


 奈子と亜仁に言われた林檎は、恐る恐る自身の頬と腹をつまむと、青ざめた表情で立ち上がり、


「……わたし、ちょっと浜辺を走ってくる!」


 と、勢いよく部室を飛び出してしまった。


「そんな走ったくらいじゃすぐ痩せられないのにねぇ」


 亜仁はケタケタと笑った。


「……まったく、林檎ってやつは……。わたしらも林檎を追いかけよう。戦闘直後は思った以上に体力が削られていることだし、きっと途中でバテて倒れているだろう」

「あいあいさー」


 部室を出ていく亜仁を確認しながら、奈子はせつなを見て、


「せつなもいっしょにおいで」


 と、誘った。


「……うん! 奈子お姉ちゃん!」


 せつなは奈子の手を取り、二人は部室をあとにした。

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