ようこそ、異能部へ!(5)

「……あった、ここだ」


 せつなは、校舎から少し離れた、浜辺近くの森の中にポツンと建設されたプレハブ小屋の前に来ていた。初めてこの地に降り立った時の場所の近くである。


「どうして異能部だけ、校舎内じゃなくて外に……?」


 せつなはひとり呟いてから、異能部と書かれた木札が下げられた扉をノックした。

 返事はない。せつなは、「し、失礼します!」と声をかけ、扉を開けた。


 部室は、あまり片づいているとは言い難いありさまだった。部屋の中央に置かれたテーブルの上にはお菓子の山があり、隅に追いやられたパソコンはホコリを被っていた。本棚にはマンガが乱雑に並べられていて、その隣には、ひとり暮らし用の小さな冷凍庫付き冷蔵庫も置かれていた。反対の窓際には、クッションやソファがあり、リラックススペースも確保されており、そこでは、茶ぶちの猫がソファの肘置きに身体を預け、寝そべっていた。


 せつなはその猫を見て、「わぁ、かわいい猫ちゃん!」と、目元を緩ませた。

 猫は「ニャー」と鳴き、大きな欠伸を返しただけだった。


 しかし、いくら部屋を見渡せど、一番いなくてはならないものがいなかった。


「……って、部員の人は、どこなんだろう……?」


 ――誰ひとり、部員らしい人物はいなかったのだ。


「ま、まさか、異能部はこの猫ちゃん一匹……なわけないよね」


 せつなは自分で言いながら、力なく笑った。


 そのときだった。外から、突然轟音が聞こえたのだ。


「……っ! 浜辺のほうからだ!」


 せつなは浜辺のほうへ身体を向けつつ、次の瞬間には、その姿を消していた。

 小屋に一匹だけ残された猫は驚くことなく、また大きな欠伸をした。




 ◇




 せつなは浜辺に移動すると、そこではさきほど見上げたプレハブ小屋よりも、遥かに大きい巨大生物が海面から顔を出していた。


「なに……あれ」


 巨大生物は、ムカデのような見た目をしており、顔というものはなく、頭のてっぺんにはポッカリと穴が開いており、穴の縁に沿って、無数に生えた鋭利状の歯のようなものが生えていた――おそらくあれが、あの生物にとっての『口』か。


 そして、そんな巨大生物と対峙しているのは、同じ制服を来た三人の少女だった。

 三人の少女の手には、それぞれ武器のようなものが握られていた。


「異能部! いつもどおり配置につけ! 被害を最小限に、この場でコイツを仕留める!」


 ひとりの少女が指揮を執ると、残り二人は「了解!」と返答し、巨大生物を取り囲むように一斉に動き出した。


 そのとき、指揮を執ったリーダー格の少女の横顔が、せつなの瞳に映った。途端に、せつなは驚きの表情を浮かべ、


「――奈子なこお姉ちゃん!」


 と、叫んだ。


 奈子お姉ちゃんと呼ばれた少女は、振り向き、浜辺に立ち竦むせつなの存在に気づき、目を丸くした。


 巨大生物は、そのせつなの叫び声に反応し咆哮するや、その巨体から想像もできぬ素早さで、せつなに向かって突進し始めた。


 眼前まで迫る巨大な口。口を開けた際に飛んだ唾液がせつなの頬につく。それでも、なぜかどこか他人事のようにそれを眺める自分がいて、瞬間移動で逃げるなんて選択肢を取ることも、それ以前に、選択肢すら浮かぶことがなかった。あまりの一瞬の出来事に、現状を把握するための脳の処理が追いつかない。


 せつなは、視界が闇に包まれるのに気づき、そこでようやく恐怖を覚えた。


「……あ、わたし……」


 ――死ぬんだ……と、思った時だった。

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