ようこそ、異能部へ!(2)

「えっと……まずは寮へ行って荷物を置いて、それから教室へ行く……だったよね?」


 せつなは学園へ向けて歩きながら、『入学のしおり』を読んでいた。そこには、島の地図と、学園の校舎図、寮についてなど……今後の生活に関することが細かく書かれている。


「うぅ……小さな島って聞いてたけど、全然広いじゃん……。瞬間移動を使って済ましたいところだけど、わからない場所に対しては、使えないんだよなぁ……」


 せつなはひとりごとを言いながら、寮を目指した。


 やがて、赤いレンガ調の大きな建物が見えてきた。草花に囲まれたここは、ちょっとした隠れ家のようだ。ローズアーチの門扉を開き、せつなは、寮の敷地内へと踏み入れた。改めてしおりに目を落とし、自身の部屋番号を確認してから、寮の中へと進んでいく。


 この女子寮は、ひとり一部屋与えられる。中はひととおりの家電や家具が揃えられており、内装はナチュラルな雰囲気で統一された作りだった。


「わー、ステキ! この部屋が今日からわたしの部屋なんて……! ……はっ! でも、今は早く入学式へ行かなきゃ!」


 せつなは一旦荷物をベッドの上に置き、部屋を出る直前、一度足を止め、全身鏡で制服の乱れがないかチェックしてから、再び部屋を飛び出した。


 寮から学園までは、走って七分くらいの距離にあった。


 せつなは走る中、周りの確認するように視線を動かしていた。瞬間移動するときに備えて、周辺の景色を記憶しているのだ。


 門を通り抜け、正面玄関から中へ入る。下駄箱はなく、そのまま土足で上がる様式となっていて、玄関框を通ると、床板の軋む音が小さく響いた。これから向かうべきは、入学式が執り行われる集会室だ。せつなはまた入学のしおりの取り出し、校舎図を見ていると、「……あ、あのぅ……」と、誰かから声をかけられた。


 せつなはしおりを閉じ、顔を上げた。声をかけてきたのは、パーマのかかった栗毛を指に絡めながら、モジモジとする小柄な少女だった。


「わ……わたし、新入生の……お、小熊おぐまくるる、です。あの、あなた、さっき船の上、から……き、消えてましたよね!?」


 くるるは、しどろもどろになりながらも、そう聞いた。口調や態度から、消極的な性格なのが伺える。


「あ、もしかして見てた? そうそう、実はわたし異能使いで、瞬間移動が使えるの!」

「い……異能使いですかっ!? やっぱり、本当にいるんだ……!」

「ね、わたしの異能を見てたってことは、くるるちゃんもいっしょの船に乗ってた……新入生ってことだよね!?」


「くるるちゃん……!」と呟いて、くるるは首を縦に振った。


「わーい! 新入生仲間に会えるなんてうれしい! わたし、尾張おわりせつな! よろしくねっ!」 


 せつなは、右手を差し出した。くるるは一瞬肩を揺らし、恐る恐るその手を握り返すと、顔が綻ぶ。


「……よ、よろしく、お願いします。……あれ?」


 くるるは言うと、戸惑った様子でせつなを見た。


「あの……尾張さんって、瞬間移動が使えるんですよね」

「……? うん、そうだよ」

「使うと、こんなに脈拍があがるものなのでしょうか?」


 せつなは目をパチパチと動かす。


「……え、ミャクハク?」

「ああっ、ええと……わたし、わりと見ただけで……とか、触れると、ある程度の身体状況がわかるんです。尾張さん、なんだか脈拍が早くて……まるで、ついさっきまで走っていた、みたいな……。やっぱり、異能を使うと交感神経が優位に働くんでしょうか……?」


 せつなは目を丸くした。


「ううん、今は走ってきたんだ。瞬間移動はさ、実際に行ったことのある場所にしかいけないんだよね。入学式に遅れないために、ここまで全力疾走してきたの。……っていうか、見たり触れたりでそんなの見抜いちゃうなんて、すごい異能の持ち主なんだね!」


 くるるは苦笑いし、「そんなことないですよ」と、話す。


「これは『異能』じゃありません。ほかの人より、少しそういう知識があるだけで……。おかげで、この学園に入学することができたんですけれど。……って、そうです、入学式!」


 そのとき、校内にチャイム音が鳴り響いた。


「わわっ! 早くいかないと遅刻しちゃう!」


 せつなは、くくるの手を握った。


「お、尾張さんっ!?」


 驚くくくるに、せつなは振り向き、笑いかけた。


「わたし、瞬間移動なみに足も早いんだ! いっしょにダッシュで集会室まで行こう!」


 それと、と走り出すと同時にせつなは言う。


「わたしのことは、『尾張』さんじゃなくて『せつな』って呼ぶこと!」


 くるるははにかんで、その背中に返事する。


「――はいっ! せつなさん!」

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