蝉時雨

烏羽 楓

第1話

 あれは、蝉が沢山鳴いていた暑い夏の日のことです。


 教室の窓際、角の私の席から見渡す大きなグラウンドが好きで、よく外を眺めていました。


 いつからだったろう、休み時間の度にその大きなグラウンドで、友人たちと無邪気に、はしゃぐ君の姿を見るようになったのは。


 最初は、元気な人だなぁって眺めていたのに、いつしかそんな君に憧れとすら思えるような感情を持つようになった。


 昔から身体の弱かった私は、外で走り回るなんてこととは無縁で、屋内で本を読んだり絵を描いたりして過ごす事が多かった。


 そのせいもあってか、あんなにも暑い日差しの中で、無邪気に走り回る君が眩しく見えたんだ。


 窓から君を眺める、そんな日々が何日か過ぎた頃だったか。


 時折り、視線がよく合うようになって、いつしか手を振ってくれるようになり、私もそれに小さく手を振り返すようになっていた。


 会話すらしたことないのに、少しずつ、でも確実に、君に視線を奪われるようになっていた。


 その無邪気な姿、清々しい笑顔にいつしか惹かれていった。


 今まで恋愛なんてものは、まるでしたことがなかったが、その時、私は自分の中に芽生えた感情が紛う方なき“恋”なんだと確信していた。


 それからの日々というものは、一日一日がとても充実したものだった。


 会話がなくとも、どこか通じ合ってるようなそんな気すら思えて仕方ない、それほどに君と目が合うタイミングはいつも一緒だった。


 もうすぐ夏休み。


 どうか、休みに入るまでに一度で良いから君と話をしてみたい。


 そんな風に思うようになった、とある日のこと。


 いつも通り、休み時間になるとグラウンドの方に視線を向ける。


 そこには、いつも通りはしゃぐ君の姿。


 ふと振り返った君と目が合うと、私はいつものように小さく手を振る。


 すると、今にも泣き出しそうな表情で手を振る君。


 どうしたのだろうと思ったが、その日以来、グラウンドに君の姿を見ることはなくなった。


 あれから、何日過ぎ去っただろう。


 夏休みに入る終業式の日、私はどうしても君に会いたくて、一言君と話したくて、君の姿を探した。


 その時、よくグラウンドで君とはしゃいでいた友人の一人を見つけ、声をかけた。


 名前も分からない君のことを聞こうと、私は必死に君の特徴を伝え、どこにいるか問いかける。


 だが、返ってきた返事に思わず声を失った。


 友人が言うには、どうやら数日前に両親の仕事の関係で、転校してしまったらしい。


 それを聞いた私は、最後に顔を合わしたあの日、君のあの表情の理由がようやく分かり、私の頬を一筋の涙が流れた。


 友人がおもむろに一つの紙飛行機を私に差し出す。


 いつか自分のことを聞きに来た女性に渡して欲しいと、預かっていたものだという。


 私はその紙飛行機を丁寧に開いていく。


 開いた先には一言の文字が書かれていた。



“あなたが好きでした”



 私の初めてで儚い恋心は、五月蝿い蝉時雨と共に終わった。

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