第81話『断章3・戦力拡充』

「チッ、ムクロドウジめ。面倒なことを押しつけやがって……」


 自身の上司への悪態を一つ零しつつ、少年は台車の隅で肩肘を突く。

 不安定な足場は地に足着かない感覚を助長し、風が吹く度に揺れ動く様はもしも何かの拍子に落下すればの益体ない妄想を加速させた。

 嘆息を吐き、台車を囲む四肢持つ竜種の眷族を睨みつける。


「もう少し揺れは何とかならないか?」

「無茶をいうな、スレイブ。我々にそんな器用な真似ができると思うか?」


 スレイブの軽口に言葉を返したドラゴニュートは、視線を真っ直ぐに目的地を見つめた。

 今は雲に覆われてこそいるが、やがて城壁に囲まれた国家が姿を現すのは確定している。だからこそ混血体キメラの少年としては火急に高度を落とす必要はないと主張したのだが、他方でドラゴニュート側とは意見の相違が窺えた。

 そして、四肢を覆う甲冑を外したスレイブに意見する者は台車にも存在する。


「それを彼らに言ってもしょうがなくないかな、スレイブ」


 紫眼に辟易の色を注ぎ、スレイブに意見するは浅黒い肌に麻布の衣服を身に着けた少年。伸び放題に乱れていた黒髪は肩口で切り揃えられこそしているが、痛んだ髪質自体はどうしようもなく。

 ガリアン・タイデル・ソードがムクロドウジからの私用に同行しているのは、スレイブ自身の声かけによる所が大きい。

 来たるフォルク王国との決戦に備えてゴブドルフ連合の傭兵を雇用するように指示を受け、少年は移動用の台車と暇しているドラゴニュートと話をつけていたのが数刻前。直属の部下たるベジを介して話を詰めていると、奴隷への訓練を終えたガリアンが偶然にも通りがかったのだ。

 気にかけていた存在を一目すると、灰の髪を伸ばした少年は暇しているなら外の国を見ないかと私用の如く声をかけたのが、現在へと繋がる状況である。


「それはそうなんだろうが……けどよぉ」


 ガリアンからの忠言に悪態をつき、スレイブは頭を掻く。

 耐えられない程に揺れが激しい訳でも、危機感が募る揺れ方をしている訳でもない。三半規管もまた、スレイが元来有していた性能を存分に発揮している。

 未だに納得がいかない部分こそあれども、なおもしつこく言葉を返す必要性は薄い。

 殆んど会話の種を広げるための不満に、元奴隷の後輩は言葉を重ねる。


「ドラゴニュートの面々も頑張ってんだ、耐えられるなら大丈夫でしょ」

「なんでお前の方が大人な態度してんだよ……分かったよ、ったく」

「ハハハ、押されてるなスレイブ……おっと、そろそろゴブドルフ連合国が見えるぞ」

「本当かッ?」


 ドラゴニュートからの言葉に身を乗り出したガリアンを、スレイブが背後から身体を掴み落下を防止する。栄養問題から身体が軽いことに加え、好奇心を刺激されては不慮の事故を誘発しかねない。

 二人を乗せた台車が揺れ動く中、白雲に覆われた視界が晴れると面々の眼下に一つの国家が姿を現した。

 数日前まで奴隷だった少年は外の国自体が初であり、混血体の少年にとっても空から見下ろす経験はかつてない。当時足を運んだ時も馬車の荷台に紛れる形だったのだから。

 ゴブリン、ドワーフ、そしてエルフ。

 異なる三種の亜人種が共存している傭兵国家。

 黒煙が燻る地域と木々に覆われた地域、あり得ない共存を見せる国こそがゴブドルフ。

 スレイブ達の目的地である。



 白馬運輸が馬車関係を牛耳った時と同様、フォルク王国からの進言が行われている可能性がある。故にスレイブ達は二手に分かれ、正門からは詳細が割れていないガリアンが入国する運びとなった。

 そしてスレイブ自身は上空に展開された結界の境界線へと接近。


「ここら辺、なのか?」

「知らぬよ、別に我々は心眼を鍛えている訳ではない」

「ま、いいか。大体でいいだろ」


 白銀に輝く甲冑を右腕に装着すると、スレイブは結界の境目へと手を伸ばした。眼下の民衆に慌ただしい動きが見えない辺り、結界による警報は発令されていないだろう。

 想起するのはムクロドウジが赫緑と矛を交え、グゴが乱入してきた時。

 彼女が放った上級魔法に竜種接近の警報が流れ、遅れて飛来したドラゴニュートには目立った反応が見れなかった。

 竜種の存在に混乱した可能性もあるが、もう一つ考えるべきケースが存在する。

 それは。


「強烈な魔力反応を受けると、結界が一時的に麻痺する」


 告げられた予測を実験すべく、スレイブは台車から身を乗り出して垂直に落下。

 直後、甲冑に圧縮された魔力を開放する。

 莫大な推進力が一瞬重力と拮抗し、視界に見て取れない何かが波打つ。そして降下を再開すると、眼下の人々も慌ただしく動き始めた。

 素直に道路へ着地すれば、単純に不法入国者として捕縛ないし追跡されてしまう。だからこそ落下中に蓄積した微量な魔力を再度開放し、落下地点や速度を調整。斜め張りしている屋根を転がった上で右手を加えた三点で着地を果たす。


『緊急避難警報、緊急避難警報が発令されました。上空の結界に反応あり、侵入者の存在が予想されます。お近くの住民はいますぐ建物の中に入り、厳重な警戒をお願いします。繰り返し、繰り返し報告します──』

「……」


 着地して一秒、二秒、三秒。

 スレイブは身動ぎ一つしない。

 かつて耳にした警報との差異に違和感を覚え、記憶をより深く振り下げているのだ。


「……そういや、あの時は結界が壊れたとか言ってなかったか?」


 立ち上がると同時に、スレイブの頬には冷や汗が伝っていた。

 ひとまずムクロドウジから貰った指輪に魔力を通して空間魔法を展開すると、甲冑を収納。路地裏から姿を現すと人混みに紛れて避難を開始した。

 不正入国後は元々ガリアンと合流する運びである。

 事態が予想より遥かに大事へ移行してしまったが、ここはゴブドルフの体制を賞賛すべきであろう。


「そうでもねぇとこっちが馬鹿すぎるしな……」

「あ、スレイブさん!」

「お、ガリアンか」


 幸か不幸か、避難の最中にガリアンを発見。

 ひとまずは付近の鍛冶屋へ流れ込む勢いに紛れ、時間を稼ぐ。

 傭兵事業を取り仕切る役所へ入れば理想であったが、欲はかくまい。幸いにも避難者の一人一人を取り調べるような入念さは存在しなかった。

 間も無く緊急避難警報は解除され、スレイブ達も道路を闊歩する。

 向かう先は一つ。ドワーフの生息地域でもエルフの生息地域でもなく、境目とでも称すべき場所の一角。無数の岩を積み重ね、木材で補強した他と比較して豪奢な施設。

 ゴブドルフ連合国の主要産業、傭兵事業を一手に担っている役所である。


「すみません、傭兵雇用をしたいんですが」


 窓口が空き、スレイブ達の番が訪れると邂逅一番に口を開く。

 すると、受付を務めるゴブリンはバツの悪い表情をして応じた。


「……現在幾つかの部隊は全員雇用済みでして……一応お伺いしますが、どの部隊をご所望ですか」

「赫緑が借りれると嬉しいのですが」


 雇用済み、という言葉に引きつった笑みを浮かべるも、スレイブは一番希望のものを提示する。が、受付の答えは予想通りであった。


「残念ですが、赫緑は全員雇用されています」

「ですよねー……でしたら、どの部隊でしたら雇用できますか」

「……」


 ガリアンから訝しげな視線を注がれる中、受付は手元の資料を確認する。


「現在は赫緑の他に濁緑、桃緑が雇用済み。海上・海中専門の蒼緑及び廉価部隊の深緑が空いております」

「……でしたら、深緑をお願いします。あー、代金って一括支払いだったりしますか?」

「いえ、雇用契約が完遂された段階で被害総額をこちらで計算。産出されたものを一括か複数払いかを選択できます。ただ、前金としてこれだけのシバーをお支払い願います」

「……前金でこれかー、分かりました」


 廉価部隊の前金と思えば割高だが、ゴブドルフ自体が傭兵事業で成り立っていることを考慮すれば妥当なのだろう。廉価という表現も、最高戦力たる赫緑との比較とすれば一定の質は期待できる。

 資金の他にも幾つかの仔細を詰めると、頭を下げてスレイブは受付から離れた。


「戦力の期待値は下がったが、これでお使いも終わりだな」

「で、これからどうするんだ。スレイブさん。さっさと帰るか?」

「いや、こっちは少し私用があってな。アレならガリアンは一人でゴブドルフを回ってくればいい。渡された金も幸い、余ってるしな」


 悪戯な笑みを浮かべると、スレイブは一人ドワーフの生息地域へと足を向けた。

 来たる決戦に備え、破損したアロンダイトの修理を依頼するために。

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