第79話『断章2・怨恨之出所』
黄金飛行市場バビロンの中心部。浮遊の制御などを一手に担う黄金魔塔へ一体の
目的地、というよりも目標の人物を捜索する手間は階段を上るだけで達成された。
「ん、どうした。
扉を潜った先には、椅子に腰を降ろした鬼族の異端児。
白磁の肌に魔族を彷彿とさせる漆黒の巻き角、どこか扇情的な露出の激しい衣装に身を包む少女。赤の瞳が退屈気に机の上を睨む様は、国を揺るがす脅威の長と言われても信じる者は皆無であろう。
狼牙は角を連想させる二本の黒毛を揺らして首を振ると、少女の名を告げた。
「ムクロドウジ、最近部下からの不満が溜まっている」
「不満? なんだそれは」
訴えに対して見当もつかないと首を傾げる少女だが、仮に他の者に問うてみれば皆が幾つかの候補を脳裏によぎらせたに違いない。
狼牙は候補の中から、実際に部下から苦言を呈された内容を抜粋して総大将へとぶつける。
「貴様が一つの組織を率いる長たるか、というものだ」
「誰が言っていた。順番に並べろ、私が一人づつ証明してやる」
間髪入れぬ過激な反論に、狼牙は辟易してため息を零した。
ムクロドウジという大将は好戦的に過ぎるというべきか、暴力による解決を好んでいる節がある。鬼族自体が衝動に支配されているのであればまだ理解が及ぶが、彼女の血を以って
そして、少女の性そのものが大将としての気質を疑問視させている。
「……そういう所だ、ムクロドウジ。その殴って立場を分からせようとしかしない気質が、部下の不信を買っている」
「不信だと、他にどうやって納得させる?」
皆目見当つかないとばかりに肩を竦め、疑問の声を上げるムクロドウジ。
暴力への信仰か、もしくは言葉への不信か。
如何なる環境であればここまで思考が歪むのか、興味がないと言えば嘘になる。が、狼牙自身は別に頭の挿げ替えを望んでいるかと問われれば首を横に振る立場。
困惑を深める少女へ、足を運んだ理由の詳細を述べた。
「まぁ待て。別に私は貴様を下げるつもりはない。
ただ、部下の忠言を無視できないだけだ」
「忠言だと、私を下げることがか?」
「……元々、陸戦部隊で貴様に否定的なのは、私を古くから支持してくれていた層でな。むしろ過激派は貴様が上に立っていることに肯定的だ」
狼牙自身、風牙一族を率いるものとして苦労していた覚えがある。
長に従う者も多くはあったが、軟弱な姿勢を示したと両者の分断を招いたのは否めない。
空中分解こそ防いだものの一族の分断を招いた自身が、他者の方針に極端な口を挟む気にはなれないのだ。
「ここで穏健派まで無視してしまえば陸戦部隊の指揮は崩壊する。だから無視する訳にはいかなかったんだ」
「……なるほど、つまりこれは単なるポーズか」
ある程度は狼牙の立場に理解を示したのか。ムクロドウジは幾分か機嫌を回復させると、頬に肘を立てた。
「……そんな声も上がっている、程度に覚えていてもらえれば幸いだ」
「ヒハッ。声を上げるしか能のない連中に配慮などいるものか。
とはいえ、貴様の苦労も理解するぞ狼牙。いざとなれば、私が調停に赴いてもいい」
「……気持ちだけ受け取っておこう」
ムクロドウジとしては純粋な善意なのだろう。そこに異論を挟む余地はなく、故に問題は調停が穏当なものとは思えない口調。
だが、彼女に直接頼るのはともかくとして、一つ気がかりなことは存在した。
「
皇牙に育てられ、過激派の中でも特に苛烈な少女。
人間と手を組むことすら否定的な彼女は、奴隷の多くが陸戦部隊に配属された現状でどうしているのか。そして、かつて火線戦団と牙を交えた時に見せた特異な魔法はどこで覚えたのか。
過激派の神輿にでもなりかねない危うい立場の彼女に不安の種は尽きない。
だからこそ、狼牙は一つの要求を通すことにした。
「……」
成金の悪趣味さが存分に反映された、黄金に彩られたバビロンの一角。魔塔にこそ劣るものの十分な高度を誇る家屋の屋上に、一人の少女が四つ足で佇んでいた。
華奢な体躯に絶えぬ生傷。頭から被った狼の毛皮を風にたなびかせるは、烈風。
風牙一族に拾われ、皇牙に懐いていた少女は視線を真っ直ぐに一つの方角へと注ぐ。
純白の雲が覆う先。親代わりの魔狼を屠った仇の所属する国家、フォルク王国を睨む双眸には絶えず憎悪の炎が灯っていた。
唸り声を零して前傾姿勢を取る様は、今すぐにでも飛び出していかん程に。
「ウゥ……!」
風牙一族は国家陥落混成大隊の一部隊へと貶められた。狼牙は納得していたものの、所詮は彼の独断。本来なら同胞が従う義理などない。
にも関わらず、軟弱な同胞は揃いも揃っていけ好かない女の支配下に置かれることを許容してしまった。
許し難く、度し難い。
「ヴゥ……軟弱、惰弱、情ケナイ」
皇牙が生きていれば、風牙一族の現状を見ればどう思うのか。
物思いに耽り、想像の翼を広げている時であった。
「おーい、そっからの景色はどうだ?」
家屋の下から声をかけられたのは。
家屋の屋上に位置する烈風の姿を捉えながら、スレイブは雑用染みた用事を頼まれる機会も増えたなとボンヤリ思案する。
オボロと殴り合った生傷も癒えぬ中の仕事に思う所がないでもない。黒のインナーとカーゴパンツで隠れた内側には、アイイシを筆頭とした後方部隊による包帯が多数巻かれてもいた。
が、狼牙が自分では役目を果たせないとした相談を、ムクロドウジにやらせる訳にはいくまい。
肩を数度回して身体の状態を確認すると、膝を折り曲げて跳躍。
窓枠や壁面を足場に跳び上がると、瞬く間に烈風の立つ屋上へと到達する。
「ヴヴヴ……何シニ来タッ」
「おいおいおい、そう警戒するなよ。同じ組織の仲間だろ」
唸り声を上げて威嚇する少女に対して両手を振ると、灰の髪をたなびかせた少年は意にも介さず隣へ腰を下した。
狼牙の前任として風牙一族を率いていた皇牙が死亡して以来、烈風は排他性が強まったとは聞いている。そしてかつての長が亡くなったのは、フォルク王国所属のギルドが関わっているとも。
気持ちが分からないとは言わないものの、スレイブは今や彼の国とは一切関係のない身分。
同胞として同じ組織に所属する以上は、余計な禍根を残しておくのも悪手ではあろう。
「知ッタ事カ……私、認メテナイ……!」
「お前が認めずとも狼牙がだなぁ……」
「ウルサイッ」
「ってか、そこじゃねぇのよ。俺が聞きてぇのは……」
圧を感じる烈風の態度に辟易して嘆息を零すも、スレイブは埒が明かないと本題を切り出した。
「お前が使ってるあの魔法、ホラ……あのなんか明らかに様子が変わってるあの魔法だよ。アレ、どうやって知った?」
スレイブが述べた魔法の名は、憑依呪法・虚霊纏事怨恨之憎。
黒の森で歯車旅団と火線戦団及び国軍の連合と矛を交えた際に見せた、平時とは異なる流暢な口調で語る人格。そして自傷すらも厭わぬ膂力に淀みを交えて変質した魔法。
いずれも烈風が元来見せるものから著しく乖離し、別人の行使するそれと言われれば容易く納得できる代物であった。
淀み沈殿した空気を醸し出す魔法を狼牙も警戒し、彼女の立場と合わせて不安を抱いていたのが、スレイブに話を聞くように頼んだ始まりなのだろう。
「……話ス義理、ナイ!」
「そう言うなよ、狼牙も心配してたぞ。あの魔法が何なのか知らんが、お前によくない影響があるんじゃないかってさ」
「別ニ、何処デモお前ニハ関係ナイ」
「そうは言ってもだな、アレは普通に自壊もんだろ。味方としても心配だって話だ」
己が肉体の損傷すらかなぐり捨てた──あるいは借り物の肉体だからと遠慮なく力を振るう様は、素直に背中を預ける間柄としても不安を抱く。何せ助けに入った援軍がいきなり助けを求める友軍に変わりかねないのだ、安心しろという方が困るというもの。
一方で心配されている側は不愉快とばかりに表情を歪めると、話すこともないとそっぽを向いた。
「……」
「あー、ちゃんと話してくれよ。これじゃ狼牙に伝えらんねぇんだわ……」
スレイブの困惑した声音にも興味を示さず、烈風は他所を向き続ける。
打つ手なしにどうしたものかと頭を抱えると、眼下の道に助け船が訪れた。
「お、ちょうどいいとこに来てくれた。狼牙、助けてくれ」
「狼牙……」
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