第72話『暴走する徒党・覇者の一喝』

 空中浮遊市場バビロン周辺。

 いまやムクロドウジ率いる国家陥落混成大隊の手に落ちた黄金都市の周辺で、喧騒が鳴り止まない。

 激しく打ち鳴らす剣戟の音に、地を踏みしめる音。生命に満ち満ちた森林地帯としての音ではなく、人工的な戦いの音が命の煌めきを強調する。


「バ、バーディストさんッ。増援来ますッ!」

「増援だぁ? やっこさん、我慢の限界だからって開き直り過ぎだ……!」


 部下からの悲鳴にも似た報告を受け、隊を率いるバーディスト・ハピネイスは困惑の声を上げた。

 彼らはバビロン周辺でゲリラ戦を展開し、増援到着までの時間稼ぎをする予定であった。そして相手の占領地周辺で刺激し続ける都合上、痺れを切らした敵が破れかぶれの特攻を仕掛ける可能性自体は考慮していた。

 が、それは精々数部隊単位の特攻。

 哨戒に回った連中の愚策であり、組織単位で採算度外視の殲滅戦を展開するなど想定しようはずもない。


「おいガネット、ドラゴニュートとは直接やり合わせるなッ。こっちも消耗してる、人間の方を優先して数を減らせ!」

「りょ、了解!」

「チッ。奴ら、士気が高すぎ……!」

「ウオォォォ!」


 愚痴を遮る鱗で覆われた横薙ぎの腕を、寸前の所で転がって回避。反動のままに体勢を立て直す合間にフェイルノートが火を吹く。

 空を裂く弾丸がドラゴニュートに迫るも、反対の腕に遮られて致命傷には至らない。

 竜種の近縁種としての種族特性、下位魔法を通さぬ鱗。実体を持ったフェイルノートの一撃も比較的柔らかな部位を狙わねば有効打とはなり得ず、決定力不足を理解している敵も口端を吊り上げてバーディストを挑発する。

 とはいえ数に劣る側が一つの敵に注力して足を止めれば、待っているのは物量に磨り潰される未来。

 慣れない仕草で付近の樹木を蹴り込むと、バーディストは立体的にドラゴニュートとの距離を取った。


「逃げるか、卑怯者が!」

「正面からドラゴニュートとやり合う馬鹿がどこにいる……っと!」


 流れゆく視界の中、剣を引き摺り仲間へ迫る人間を発見。

 戦場に不釣り合いな薄着の隙間から肋骨を浮かべた痩せぎすの存在へ、バーディストは躊躇なく銃口を注ぐ。末枝の合間を軽々と潜り抜ける銃撃は寸分違わず胸元を貫き、続く一射が激痛に足を止めた相手に苛烈な痛み止めを処方した。

 しかし、頽れた死体を踏み抜くように次々と奴隷と思しき人間が姿を見せる。

 絶え間なく、百対一の効率甚だしい交換条件でも上等とばかりに。


「クソッ。何なんだ、この数に士気は……!」


 テンガロンハットを深く被り、バーディストは苦虫を噛み潰す。

 鬼気迫る表情で対峙する奴隷は、無理矢理徴兵された者のそれではない。

 単に飼い主を変えただけでは説明のつかない戦意──殺意とも形容できる熱が、彼や部下に少なくない消耗を強いていた。

 ともすれば単に強大な個体に過ぎないドラゴニュートよりも鮮烈に、皮下を通じて心中を蝕む遅行性の毒のように。既に長期化したクエストに疲弊していた男達へ追い打ちを仕掛ける。

 故にこそ。


「わぁッ?!」

「ジョナサンッ?!」


 悲鳴の上がった方角へ目を向ければ、足を掴む奴隷に動きを止められた所へ剣を乱雑に振り回す敵の集団に飲み込まれた部下の姿。

 即座に撃鉄の音が重なる連射で救出を計るバーディストであったが、周囲を樹木に覆われていては照準に瞬き程度の時間を要する。そして戦場に於いて、咄嗟の判断が生死を分かつのは珍しい話でもない。

 方々に鮮血を振り撒く連中がいなくなった先には、無数の得物で貫かれた骸が一つ。

 事切れた様子は手遅れと判断するのに躊躇いなく、後悔の念が奥歯を噛みしめる。

 直後、ドラゴニュートの剛腕から放たれた刺突を身を捻って回避すると、ポンチョをたなびかせて距離を詰めた。


「チッ、外したか!」

「……!」


 怜悧な眼光が捉える先、ドラゴニュートの腹部との距離を詰めたバーディストはフェイルノートの銃口を押しつけ、引き金を引く。

 一発、二発、三発四発。

 鱗の比較的薄い部位への連射は流石に耐え切れなかったか、黄金色の空薬莢が舞い散る風景にやがて朱が混じる。僅かな誤差も許さず、キツツキが穴を開けるような連射が強靭さを売りにしていた亜人種にたたらを踏ませた。

 しかし、驚愕を顔に出す余地はない。

 男が更に一歩踏み込むと、次は顎先へと銃口を押しつけて引き金を引いたために。


「ガッ……?!」


 貫通した様子こそないものの、脳にまで銃弾は至ったのか。呼気を乱す音を最期にドラゴニュートは意識を手放し、地響きを轟かせて絶命した。

 そしてバーディストは硝煙の香りに感想を抱くよりも早く、次の敵を求めて足を動かす。

 数の上では圧倒的に不利な上、既に消耗している部下達に引き換え、肉体的には万全な状態に近い敵。焦燥から来る精神面はともかく、今は単純な力押しと物量戦でも苦戦は免れない。

 テンガロンハットの奥で視線を鋭く研ぎ澄まし、比較的隙を見せた奴隷を優先的に撃ち抜く。


「チッ、再装填リロードッ!」


 彼自身も余裕を失いつつあるのか、弾切れという初歩的な失策を侵すと簡易的な詠唱。瞬く間に銃弾を補充した得物で次なる獲物を求めて銃口を彷徨わせる。

 その刹那。


「何やってやがるッ。テメェらッ!」

「この声……厄介な奴が来やがった」


 何の因果か、バーディストの視線を遮るように少年を背負って駆ける白狼が姿を現す。

 かつての戦友の死体に乗り移った新たな人格。ムクロドウジの信頼する部下が一人、スレイブが。

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