三章──国家転覆動乱編
第46話『お茶会』
フォルク王国民の間で一般的にお茶会と呼ばれている行事がある。
国民が直接関わる訳ではない、しかして彼らの生活に直結するお茶会には人々の感心も高く、仕事が身につかないという者も少なくない。
通称からは穏やかな印象を受けるが、それは大まかな内容しか知らない衆目だから言えたこと。
実際はフォルク王国が誇る最精鋭ギルド、
「……という訳で、
彼ら六人が座するは白磁の円卓。王宮の一角に構築された、国内でも数名しか足を運ぶことが許可されていない深部の一つ。
互いに上下なく忌憚なき意見を口にするには、座席による上下関係に囚われない円の形式こそが相応しいとは卓を囲む国王の弁である。
今席を立ち、大仰に腕を広げて雄弁なる口を酷使しているのは、一人の男性。
他に席を囲む面々と比較すれば若く、若輩とすら呼ぶに値する彼は一つのギルドを代表する長として言葉を紡ぐ。派手なパフォーマンスは演劇の類を彷彿とさせたが、如何せん距離が近い。
「これによる輸送経費及び遅延の負担を補うべく、歯車旅団か火線戦団に輸送時の護衛についてもらいたい!」
「おいおいおい、随分なことを言ってくれんじゃねぇかゲイツ。こちとら仕事が立て込んでんだ、オメェの尻拭いをする暇なんざねぇよ」
男性の結論にいの一番に喰ってかかったのは、原色を派手に散りばめた和服を着崩した傾奇者。容姿から来る印象に似合った粗暴な言動は、国王の前で見せるものではない。
ムスペル・H・ローゲヴァイル。
元極組織の一つ、火線戦団の団長にして豪弓の二つ名を国内外に轟かせる猛者でもある。
ムスペルは戦場で見せるにも似た態度でゲイツと呼んだ男性へ獰猛な笑みを浮かべた。
尤も彼の隣に座る聖女と商売敵には、卓の上で転がる酒気こそが元凶であると呆れ混じりに正鵠を得ていたが。
「そもそも、白馬運輸もそれなりの戦力を蓄えてんじゃなかったか。テメェのお抱えはどうしたよ?」
「……スベロニアはゴブドルフの傭兵部隊を雇って鎮圧に当たっている。それにセイヴァ教信徒が操る音魔法の脅威は、戦闘こそが主の君の方が熟知していると思ったが?」
「ハッ、うちの団員なら欠伸しながらでも倒せらぁ」
「話が逸れているぞ、ムスペル君」
二人の口論に割り込んできたのは、白の髭を蓄えた初老の男性。指に隙間なく取りつけた色鮮やかな宝石の数々が、彼の社会的地位を如実に証明している。
初老の男性は落ち着いた、しかしてどこか世俗に染まった声音で言葉を続けた。
「白馬運輸は運搬こそが本分……戦闘も兼任できるならまだしも、純粋な戦闘要員は数も質も大したものではないだろう。そこを誰かに頼るというのは、自然な話だと思うぞ」
「つってもよぉ、所詮は国民に反乱される程度の戦力だろマリオ? こちとら別件で忙しいんだよ」
「なれば」
傾奇者が話にならないと切り捨て、マリオと呼ばれた男性は視線を隣の男へと移す。
注がれた先、ギルバート・G・マクバートはコップを満たす小金の液体で喉を潤すと席を立って意見を述べた。
「歯車旅団もそこまで戦力を割く余裕はない……少々込み入った事情が関わっていてな」
済まない、と頭を下げる男に対してゲイツは嘆息こそ零すものの、表だって不満を口にはしない。隣で瓶を引っ繰り返して安い発泡酒を浴びるムスペルとは異なり、当人なりの誠意が感じ取れたのが一因であろうか。
とはいえ、彼らに頼めないとなれば困るのはゲイツ。
腕組みして頭を悩ませると、相槌を打ちつつ傍観に徹していた初老の男性がゆっくりと口を開く。
「ならば、私の方からも別のギルドに掛け合ってみよう。彼らが他所に戦力を割き辛いのは、私からのクエストが一因でもあるからな」
「ハッ、有難き幸せです。ハーツノナリス王!」
「畏まることはない、ここでは王も民もなく平等だ」
「そうだぜゲイツッ。もっと気楽にやろうや!」
「……お主はもう少し配慮を覚えるべきだ。ムスペル」
下品な笑いを続ける男へ苦言を零すと、王は拍手を一つ。
今回お茶会を開いたのは別件に関してが本命であり、白馬運輸の件はゲイツが便乗して議題に上げたが故。
ウォーレンスが語る内容に理解が及んだためか、ギルバートは顔色を暗くし、ムスペルも不機嫌そうに奥歯を噛み締める。
「さて、次の議題だが……黒の森に潜伏している鬼族に関してだ」
「……」
「彼らの活動については皆もご存知とは思われるが、先の歯車旅団と火線戦団及びフォルク王国軍の共同クエスト以降に表立ったものは見られない」
「ですが、彼らの共同クエストに於いて確認されました。鬼族の他にも、ドラゴニュートや
沈黙を貫いていた藍のカソックに身を包んだ女性、ジャーヌがギルバートへ確認を求めた。彼もあくまで部下経由で聞いた話とはいえ、事実を否定するつもりはない。
首肯する団長に柔和な笑みを返すと、ジャーヌは銀髪をたなびかせて視線を移す。
「彼らに関するもの、と言いますと……」
「うむ、今後は鬼族やドラゴニュートに対しての制裁を視野に入れたいと考えている」
直接矛を交える歯車旅団や火線戦団とは異なる攻め口、今後の利用に大幅な制限をかけるやり口は非常時故の苦肉の策という側面もある。
元々街頭に姿を見せることが少ない鬼族はともかく、ドラゴニュートは時折王国に足を運ぶこともあるのだ。彼らに影響を及ぼす規制は、王国内で商いを行う商人にも手痛い被害が生じる。
とはいえ種族単位にしなければ身分を偽られ、証明する手段にも乏しい。
「では、僕ら白馬運輸は鬼族やドラゴニュートの利用を一切禁止としよう。どうせ彼らには翼がある、利益としては大した影響がないだろう」
「ならば
「頼む」
マリオの言葉を肯定したウォーレンスは、次にジャーヌへと目配せする。
彼女が率いる青峰協会は医療ギルド。他のギルドと比較しても利用する機会は多く、出禁にするだけでも効果は計り知れない。
故に王も彼女の回答に期待して、喉を鳴らす。
が、聖女は両の手を胸元で組むと目蓋を閉じて答えを述べた。
ウォーレンスの意に反する回答を。
「お断わりします」
「何故だッ」
隣に座るギルバートが食ってかかるも、ジャーヌは紫の瞳を開くことさえなく自論を展開する。
「あくまで王国の支援金で成り立っているギルドが私達。主張は分かります、王の意向に従うべきだと。
ですが、私は片棒を担ぐつもりはありません、罪のない人々を苦しめることの。譲れませんよ、こればかりは」
「奴らはこの国に災いを成す存在だッ、こればかりは我らも団結して……!」
「元極組織の一角としてのお言葉ですか、それは。もしくは……仲間の死体を思うがままに操られる義憤に駆られた個人の?」
ジャーヌの弁、そして射抜くかのような紫の瞳に萎縮してギルバートは言葉を詰まらせた。
知らず、男が息を呑む。
その刹那。
「ハーツノナリス王ッ、大変です。神隠連盟の拠点が……バビロンが襲撃を受けています!!!」
会議を凍り付かせる絶叫染みた叫びが、兵士の口から飛び出した。
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