第47話『黄金飛行市場』
黄金飛行市場バビロン。
その異様は文字通りの飛翔する黄金都市。
団長のマリオネット・T・トートが買い占めた都市を土地ごと改造し、富裕層に売却するだけで財を築けるワイバーンを一五騎も用い、更には重力軽減に応用可能な魔法を大量に導入することで規格外を成立させている。
とはいえ常に大空を支配下に置いている訳でもなく、物資の補給や市場を発見した際には地上に錨を下ろして一時的に根を張ることもある。無論、その際には普段は不要な護衛役を雇用して万が一の事態を防ぐ備えも万全。
にも関わらず、現在黄金都市には招かれざる客が土足で乗り込んでいた。
「う、撃てェッ!」
煉瓦の上から金箔を塗した一角で、多数の魔法使いが一人の号令に従って一斉に炎熱を放つ。
焔の乱舞染みた光景は見る者の目を焼き、直撃しようものなら忽ちの内に肉体を炭化させて有り余るという確信を抱かせる。当然のことながら、単騎に対して使うのは過剰極まる総火力。
しかして、炎熱の迸る先はたったの一人。
身を覆う巨大な白盾で姿を隠す一人の破戒騎士が、僅かな隙間から刻一刻と迫る炎熱の乱舞を待ち構える。
そして、被弾。
都市内部での戦闘など考慮されていない建造物達は瞬間的に表面の金を溶かして地を晒し、飛び散る火の粉は消え難い煤を傷として刻印する。
「やったか」
確信を以って呟いたのは果たして誰か。
一つだけ言えるのは心のどこかで安堵を求めて口にした彼に罪はなく、仮にその言葉がなくとも巨大な盾は煤の一つもつけることなく佇んでいたということ。
微動だにしない盾の姿に魔法使いは動揺し、慌てて次の魔法を行使するための詠唱を始める。
足を止め、護衛の一つもつけない無防備なことこの上ない状況で。
「ハッ」
戦慣れしてるとは思えぬ絶大な隙に、盾を構える少年──スレイブは一笑に伏すとガラハドの先端から伸びる柄を掴み、甲冑に蓄積していた魔力を開放。一筋の流星となりて魔法使いとの距離を急速に縮める。
時間にして一秒にも満たぬ極短時間の内に射程へ捉えると、続けてガラハドの蓄積魔力を開放。
「らぁッ!」
荒々しい騒嵐の一振りが解き放たれ、前衛の五人が同時に胴を飛ばす。
惨劇の坩堝と化した魔法使い部隊は一瞬で総崩れとなり、降りしきる鮮血を浴びた生き残りは呆然と立ち尽くす者と我先に逃走する者に二分化された。
しかしてスレイブの追撃は止まらない。
まずは足を止めた者へ次々と刃を振るい、アロンダイトの錆へと変換。
続き、逃走を図る者へと照準を合わせて飛翔。抑圧から開放された魔力が混血体へと成り果てた肉体を駆動させ、空をも一時的に支配下へと置く。
『逃げ出した兵まで殺る気か?』
瞬間、割り込んできた脳内へ響く声は、味方からの通信魔法や念波の類ではなく、比喩ではなくスレイブの脳に住まう者。
「奴らが逃げ出した先でムクロドウジに手を出さないとは限らねぇだろ」
『それもそうだな、続けろ』
「言われずとも」
果たしてどちらの味方なのか。
スレイブの脳に住まう存在は、まるで肉体が繰り広げる虐殺劇を容認するかの如き言葉を残す。そして彼自身、見ず知らずの外敵を許容する程の器はない。
振り下ろし、切り上げ、薙ぎ払う。
一閃の度に周囲には返り血が舞い散り、血痕と肉片が溶けだした黄金と混じり合って醜悪な臭いで辺りを満たす。恐慌状態に陥った兵士は瞬く間に数を減らし、気づけば観客は壁際に追い詰められた一人を残すのみにまでなっていた。
「あ、あぁ……ま、待って……!」
絞り出された声音は若く、少年兵の類を連想させた。
フォルク王国周辺は比較的治安が安定しているものの、それでもスベロ二アでの一件のように身寄りのない子供が発生するケースは少なくない。
彼ないし彼女もそういった境遇の一人なのだろう。そして学のない児童が生計を立てる手段は極めて限定される。
「た、助けて……どうか、命だけは……!」
「おいおいおいおい、こっちのことは殺そうとしといてそれは通らんだろ」
「だ、だって……!」
「話す気はない」
少年兵の意識を刈り取るべく、問答無用で刃を振り下ろす寸前。
脳内に割り込む別の声が、スレイブの刃を押し留めた。
『もう戦意も失ってるし、可哀そうだろ』
首筋まで数センチ。
誰かが軽く押し込めば、新たな鮮血が噴き出す距離でアロンダイトの白刃は静止していた。否、厳密に言えば僅かに刃先を揺らして数ミリの距離を往復している。
握り手たるスレイブの動揺を強調するかのように。
「黙れよ、お前の言葉なんざ俺には全く関係ねぇ……!」
怒気を孕んだ呟きに、少年兵は足を竦めてただ立ち竦めるのみ。
下手に動けば、衝動のままに振るわれる得物が意識を永遠に奪い去る。
確信めいて抱いた予感が彼の動きを妨げ、足をその場に縫いつけさせた。
一方のスレイブは眼前の敵へ意識を集中することもできず、脳内に響いた幻聴ですらない、かつて肉体を所有していた少年が耳にした言葉への反論を繰り返していた。
「俺はスレイブだッ。お前の知ってるスレイとは違う……そいつにとっては恩人でも俺にとっては赤の他人だッ、だから喚くな騒ぐな口を開くなぁッ」
「ヒッ……!」
「クソがッ、黙れって言ってんだろうがッ。囀るなよ何度も何度も何度も何度もォッ!」
怒りのままに振るわれる刃の切先は舗装された通路を砕き、蜘蛛の巣状に亀裂を走らせた。人間にあるまじき膂力は眼前の少年兵を震え上がらせて有り余るものの、肝心のスレイブ自身はそれで垂涎を満たす余裕はない。
むしろ幻影を斬り払うかのような闇雲な太刀筋は、辺り一面への破壊へと派生した。
醜悪なまでに彩られた黄金を切り裂き、華美な宝石類を粉微塵に砕き、そして座り込む幼き抵抗者の意思を粉砕する。
「わ、あぁ……あぁぁ!」
「チッ、逃がすか……!」
眼前で繰り広げられる錯乱染みた光景に限界を迎えたのか。少年は脇目も振らずに逃走を選択。情けなくも生への渇望に満ちた悲鳴で我に帰ったスレイブは、遅れて視線を向けると逃がすものかと甲冑に力を込める。
足部を覆う白銀に蓄積した魔力を再度開放、瞬く間に距離を詰めると敗残兵の背中へ重厚なる刃を振るい──
「ギャアァッ!」
「……何やってんだ?」
横合いから割り込んできた金棒が一足早く敵の頭蓋を砕き、喧しい悲鳴を強制的に打ち切る。
刃を振り抜く寸前で食い止めたスレイブの視界に飛び込んできたのは、亡き友の角をネックレス代わりに身に着けた鬼族の一員。
「あぁ、オボロか……ちょっと見落としがあってな」
「見落としか」
自分から質問したようなものにも関わらず、オボロは然して興味がないとばかりに生返事。
彼の友であるアラタを殺害したのが、スレイブの前身であるスレイだからなのか。もしくは鬼族王国方面部隊に所属して日が浅いにも関わらず、明確な贔屓を感じる形で今では大隊長にまで昇格しているためか。
眼前の鬼族が大隊長へ注ぐ忠誠心は薄い。
殺害された身から言わせれば、前身を殺害したのは彼なのだからそれでチャラなのだが。ガワが同一となればそう割り切ることも難しいのか。
「それよりもそっちは粗方片付いたのか」
「あぁ、時期に豪風とベジも合流する」
「そりゃ良かった。混成遊撃部隊の初仕事で死人が出たら堪んねぇしな」
グゴ率いる空戦部隊や狼牙率いる陸戦部隊とは異なり、混成遊撃部隊は極少数。身軽な動きのためという方便で極限まで削られた人員は、今上げた面々しか存在しない。
「バビロン陥落も時間の問題だ。他の連中と合流次第、次の地点の支援へ向かうぞ」
スレイブからの指示に首肯で応じるオボロを他所に、彼の脳内に住む存在は冷やかな目線で戦況を眺めていた。
『これが黄金飛行市場の末路か……何の感慨も湧かないな』
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