第45話『国家陥落混成大隊』

 黒の森襲撃から数日。

 樹木が根こそぎ抉られた関係か、青空に浮かぶ陽光は容赦なく地上を照らし出す。

 降り注ぐ光の中、鬼族の一員であるオボロはかつて拠点としていた洞窟だった廃墟の前で立ち尽くしていた。彼の側にはムクロドウジの号令によって集合した鬼族きぞくの他、昨日まで拠点たる山に同居していたドラゴニュートや黒の森現住の風牙かぜきば一族も揃っている。

 その数は圧巻と呼ぶべきか、あくまで十数鬼程度の中隊規模であった元々の勢力からすれば大幅に上昇していた。周囲の木々が薙ぎ払われているのも相まって、彼らこそが新たな樹木にして栄養分とばかりに。

 とはいえ、彼らも何故呼ばれたのかを知っている訳ではないのか。一様に頭上には疑問符を浮かべ、中には左右の同胞へ問いかけている者も少なくない。


「いったい何を始めるつもりだ、ムクロドウジ……」


 呟く言葉に乗せるのは、多少の疑問と敵愾心。

 元より同胞たるアラタを殺害したスレイを、わざわざ血を分け与えてまで復活させた件も納得してはいない。首にぶら下げている角を握る度、彼の無念が包み込んだ手を通じて心中へ深く浸透する感覚をオボロは覚えている。

 混血体キメラとなったスレイブ自身には、単なる元敵以上の複雑な感情が渦巻いているが。


「おい、ムクロドウジだ」

「スレイブの奴もいるぞ」


 誰が最初に口を開いたのか。

 無造作に設置、というよりも偶然倒壊した岩石の上に白の髪を蓄えた小柄な少女と彼女に付き従う男子が上っていた。

 少女の方は見慣れた外見というべきか。鬼族にあるまじき白磁の肌に魔族と疑う漆黒の巻き角、情欲を誘う扇情的な腰丈のフードやハーフパンツも健在。何も知らぬ者が街中で一瞥すれば、とてもではないが鬼族王国方面部隊を率いる大隊長とは認識しないという確信をオボロは抱いている。

 一方で付き人のスレイブは、これまでとは多少異なる風貌をしていた。


「どういうことだ……」


 その事実を認め、オボロは眉間に僅かな皺を寄せる。

 灰の髪を乱雑に伸ばし、海を連想させる瞳こそ不変。しかして足だけではなく腕にまで白銀の甲冑を纏い、胴体や腰部には魔力を通した繊維で縫い合わせた黒地のジャケットやカーゴパンツを着用している。

 そして右手には身の丈を超える長大な盾を所有していた。

 アラタを葬った得物と極めて酷似した、ほぼ同一の代物と断言できるだけの代物を。


「あー、鬼族諸君にドラゴニュート並びに風牙一族の諸君。今回は私の号令で集まって貰って、ひとまず感謝する」


 声の調子を確認すると、困惑を露わとする面々など気にも留めずにムクロドウジが口を開く。


「今回集まって貰ったのは他でもない、私達の今後についてだ」


 鬼族は本来、遠方からフォルク王国襲撃のために黒の森へと足を運んでいた。まずは人目のつき辛い場所に拠点を設営すべきとして黒の森を選んだという背景もある。

 当初の拠点こそ失っているがドラゴニュートを配下にした今、昨日のように彼らの拠点を代替とすれば立て直しは容易。

 いよいよなのか、遂に国を相手にぶつかり合うのかと、鬼族は否が応にも士気が高まる。

 オボロとて例外ではなく、直接ではないにしてもアラタの仇が討てる好機となれば、口角が自然とつり上がった。


「鬼族以外の面々には初めて話す形となるが、私達は本来フォルク王国の襲撃及び制圧……ひいては私が頂点に立つためにこの地へ集っている」

「………は?」


 前半の聞き覚えある一文から一転、後半の初耳たる部分でオボロは思わず素っ頓狂な声を上げる。

 周囲を見回せば、直接的な声こそ上げないものの困惑自体は共有しているのか。鬼族は一様に聞き慣れない最終目標に口を開く。どころか、むしろ対立していたはずのドラゴニュート辺りの方が冷静な様子すらも疑えた。

 王国方面部隊は確かにムクロドウジの発案である。が、それは鬼族の首魁であるアバラドウジが承認したという前提の上で成り立っており、掌中に収めた王国をどうするかを決めるのも当然、首魁のさじ加減。

 まかり間違っても、彼女が頂点に立つなど独断で決めていい道理はない。

 鬼族の間に混乱が広まるのにも構わず、少女は普段通りとばかりに演説を続ける。


「戦力も拡充してきたここで、組織の再編成を行う。

 旧大隊長である私、ムクロドウジを頂点として、新たな部隊ごとに大隊長を三名。そして新設部隊の臨時隊長の計四名を紹介する」


 彼女の案内に従い、追加で三名が岩石へと上る。

 翼をはためかせ、突然変異の竜腕を携えたドラゴニュート。

 軽やかに着地するは、純白の毛並に一族共通の紋様を刻む風牙一族。

 スレイブの手を借りて苦労の程が伺えるのは、エルフとドワーフのハーフであるプラチナブロンドの少女。


「まずはドラゴニュートを主軸とした空戦部隊大隊長であるグゴ」

「……紹介に応じたグゴだ。納得する必要はない、ただ……部下を無駄死にさせることだけはないと誓おう」


 彼我の信頼の差か、グゴの宣誓には先程までの演説とは乖離した咆哮がドラゴニュートを中心に巻き起こる。

 突然の雄叫びに森も驚愕したのか。倒壊した樹木や地面に集まっていた鳥達が一斉に飛び立ち、羽ばたきが一層の喧騒を湧き立てた。

 オボロからすれば、無二の信頼が置かれる大隊長に多少の羨望こそあれども、それは彼の部隊に編入すれば解決する問題でもない。首を左右に振ると、次の紹介を待ち望んだ。


「続いては風牙一族を主軸とした陸戦部隊大隊長である狼牙」

「狼牙だ。大隊長という地位に就いたからには、相応の戦果を約束しよう」


 狼牙の宣誓もまた、雄叫びが追随する。が、先のグゴと比較すれば小声に近く、風牙一族の中にも否定的な見方をしている者が散見された。

 それこそ、場違いとも言える人間の少女は周囲から口を抑えて封殺されている始末。


「そして私の直轄ともいえる混成遊撃部隊大隊長には、スレイブが就任する」

「どうも、スレイブです。隊長なんて役職に就いたのは初めてなんで勝手も分からんが、ま、相応の戦果は上げてみせるわ」


 青の瞳を柔和そうに細めて頭を掻く様は、控え目にいっても正面で宣誓するには不適合。しかしてドラゴニュートの中には納得といった仕草で頭を振る者が散見され、風牙一族からも不満の色は疎ら。

 何よりもグゴと狼牙。対等の地位であるはずの二体が反論する様子もなく、深々と首肯を繰り返していた。

 ドラゴニュートの長に至っては理解者とばかりに腕組みまでしている始末。

 いずれも鬼族のオボロには理解し難い光景であり、名状し難い不快感に奥歯を噛み締めて凝視する瞳に怒気を混ぜる。


「そして新設部隊だが、これは後方支援部隊。治療や資金管理など、いわゆる裏方を担当してもらうことになる。

 臨時隊長はアイイシということになっているが、彼女はあくまで客将。最終的には彼女抜きにも運用可能なまでになってもらいたい」

「は、ははは初めまして……ご紹介に預かりまひたアイイシです。いいいい以後お見知り置きを……」


 アイイシと名乗る女性の宣誓は、精々幾人かのドラゴニュートが多少の感心を覗かせたに留まる。

 元々好戦的な鬼族や骨格からして勝手が大幅に異なる風牙一族に興味を持たせるのは至難の業であろう。事実、オボロも指名されても断固として拒否する確信を抱く。

 隊長格の紹介を終え、ムクロドウジは頬を吊り上げて猛禽の如き笑みを浮かべた。

 次いで魔法陣を展開すると、異空間に収納していた金棒──鬼族の象徴とも言える得物を引き抜く。

 薙ぐ一撃が観衆の頬を撫で、風圧が葉を揺らす。


「そして、鬼族王国方面部隊改め国家陥落混成大隊の最高指導者を務めるのがこの私……ムクロドウジだッ。

 今こそ我らが国家を樹立する時だ!」


 高らかに掲げられた金棒と哄笑を轟かせる少女とは裏腹に、観衆は置いてけぼりとばかりに困惑の色を深める。

 無論、オボロにしても同じこと。

 国家の樹立という途方もない一大プロジェクトもそうだが、根本的に現実感というものが欠如している。

 あくまで亜人種二種族に風牙一族を加えた集団。戦闘に秀でたものを含む多数のギルドに、国家直属の軍隊まで抱えるフォルク王国と正面切って戦えばどうなるか。そんなものは稚児でも分かる。

 しかしてムクロドウジもオボロ達の冷やかな対応は想定していたのか。自信を露わにした笑みを一層に濃くし、彼らへの訴えを続行する。


「黒の森を蹂躙したのはフォルク王国所属のギルドだ。当然だが、奴らは敵対する亜人種に容赦をかけることはない。

 それはドラゴニュートの面々も重々理解していると思われるが」


 彼女の言葉、そして問いかけ。

 思う所があるのか、風牙一族やドラゴニュートの中には視線を落として思案する者が散見された。

 輸送経路確保のために行われた討伐クエスト。

 黒の森に生える栄養素を豊富に含んだ緑葉を主食としていたドラゴニュートにとっても、多数の同胞を屠られた事実として本件は深く心中に刻み込まれている。風牙一族に関してはわざわざ口にする必要すらもない。

 鬼族のオボロ達は聞き及んでいない過去が、彼らの決断を鈍らせる。


「そして歯車旅団を撃退し、スレイブの前身を殺害した私達鬼族も同様だ。更にアバラドウジはこの危機に対して増援も撤退も望まず、大地に心中しろとばかりに無神経な指示を送る一方ッ。

 ……奴は最早同胞を見捨てた反逆者に等しいッ、国諸共に滅ぼして足る存在だ!」


 時に拳を握り締め。時に声に嗚咽を混ぜ合わせ。少女は一流の扇動家が如くに言葉を操る。

 ムクロドウジが熱を込める言葉に信憑性があるか否か。

 オボロ達には及びもつかない。が、流石に実の父親を反逆者、国諸共に滅ぼすとまで称している根拠が全くの出任せとは思い難い。


「さぁ、私に不満があるならばこの首を掻き切るがいい。

 掻き切り、そして国家陥落混成大隊を率いてこの地を征してみせろ!」


 親指で首を切り裂くジェスチャーを行うも、宣言通りに動く者など一人もいない。

 それこそが、ムクロドウジの主張が一定の理解を得られた雄弁なる証拠であった。

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