第34話『破壊との邂逅・死体人形』
異変は、黒の森へ入って数刻と経たずに気づいた。
破壊痕としか呼べない悍ましい痕跡が樹齢数百とも知れぬ樹木の一切を薙ぎ払い、幾千幾万と行き交う存在に踏まれてた地面を抉り取る。単発ならば爆発を伴う魔法の影響を疑うが、その破壊痕はまるで意志を持つかの如く縦横無尽に森を蹂躙しているのだ。
全身を殴りつける鈍痛染みた突風の中、目を剥いてスレイブは現状を認めた。下では狼牙もまた、驚愕に唖然とした表情を浮かべている。
「なんだ、これは……?」
一方でスレイブもまた、予想だにしない事態に理解が追いつかず、困惑を深める。
計画的な伐採にしては樹木の破壊が度を超えて荒々しく、薪としての流用さえ怪しい様相を呈している。まして、育つための地面ごと抉ってしまえば次へ繋げることさえも困難。
経験こそないものの、スレイの記憶ではそんな乱暴な手段を取るギルドはフォルク王国内には存在しないと断言できた。
ならば次に疑うべきは違法ギルドによる犯行だが、地平線を刻みかねない破壊規模はともてではないが小規模な集団には不可能。
「いったいどんな手を使ってこんなことを……」
スレイブが疑問の言葉を零した時。
地を震わす物々しい音が生物の死に絶え、静寂に包まれていた二人の間へ差し込まれる。
わざわざ同意の確認を取るまでもない。
スレイブが視線を落とした頃には狼牙も音の方角へと転身し、荒れ果てた地面を蹴り上げる。
一歩、一歩。
四つの足に魔力を込め、地を踏み締めるごとに足裏で炸裂。反動で押し出された身体が限界知らずに加速する。
砂埃を置き去りにする速度で迫る二人の鼓膜は、やがて切欠となった地慣らしとは異なる音をも拾い上げる。それはか細く、ともすれば聞き逃してしまうような弱々しい音。
否、声であった。
「……んだコイ……はッ?」
「……なッ、距離を取っ……!」
「これは……
「私が同胞の声を聞き違えるものかッ!」
長が留守の間に同胞が牙を突き立てている。
それは狼牙に負担を省みない加速を引き起こさせるには充分な威力を秘めていた。
やがて魔法によるものと思しきか細い破砕音も遅れて耳目にまで届き、二人は眉間に皺を寄せて視線を先を睨む。
一際深く抉られた地面、狼牙の半身を覆う有様の先で何体かの狼が散開して一点を見つめていた。眼光は一様に鋭く、自らの縄張りを土足で踏み荒らすどころの騒ぎではない下手人を前に敵意は最高潮にまで達している。
「どういうことだ、これは。説明をッ!」
狼牙の到着に反応したのは、怪訝な表情を浮かべた白狼。額から左斜めに走る亜麻色のワンポイントが特徴的な個体であった。
「狼牙か。見てん通りの敵だよ、化物よ!」
「化物だとッ。姿は見てないのか、
「見れるわきゃねぇだろ、あんな風の化物ッ」
「来るぞッ、魔法用意ッ」
誰の言葉か。
轟く宣言の刹那。荒れ狂う出鱈目な風が肌身を撫でるのみならず、巻き取り掬い上げんと狼達とスレイブへと殺到。同時に地を踏み鳴らす音もいよいよ痛いまでに高まりを見せていた。
素早く狼牙の背から飛び降り、混血体たる少年は半ば掻っ攫った金棒を右手に持ち替える。
周囲の風牙一族達もまた、顎を開き口内に魔法陣を展開。風を纏う大砲を以って攻撃の準備を整えた。
大気が震える。
破壊が迫る。
やがて舞い上がる砂塵と血潮が螺旋を描き、渦を成す魔人が駆け抜ける。
「お前らも敵かァァァッッッ!!!」
震撼する世界に木霊するは、怒気を剥き出しにした獣の咆哮。
生きとし生ける万物の尽く、形あるもの全てを砕かんと破壊が疾走する。
「風力絶塊、
充分に引きつけたと、渦を砕くべく一斉に魔力を開放。短い詠唱を挟み、多方から放たれる風の砲撃が破壊を穿たんと我先にと殺到する。
しかし、正体不明の現象に触れれば何が起こるか分かったものではない。最悪の場合、触れた側から崩壊させる類ではないかとスレイブは一定の距離を維持するばかりで攻勢に参加することは叶わない。
逡巡の間にも砲撃は続々と着弾を示す破裂音を鳴らす。が、肝心に相手は無傷を高らかに謳うかの如く疾走を続ける。
「邪魔をぉ、するなぁぁぁ!!!」
「無き……グオァッ……!」
破壊が雄叫びを上げて急速転換。
身を捻るように進路を変更し、寸前の所で回避した狼を飲み込む。
跳躍によって矛先を逃れ、脇を掠める程度の一撃に留めたにも関わらず、左半身が粉微塵に粉砕された。地面を滑る骸の瞳からは急速に光が失われ、毛並みには真紅の塗装が塗りたくられる。
「
「んなこたぁ言われるまでも……!」
狼牙からの指示に不満を漏らす豪風だが、咄嗟に後方へと飛び退く。
直後に駆け抜けた破壊が数秒前まで彼女がいた地点を通過し、地面諸共に痕跡を抉り取った。
どうやら風牙一族の集団を発見したことで目標を定めたのか、無軌道な疾走から一変して明確に彼らへ矛先を向けた動きを見せている。常軌を逸した速度に大周りの旋回を強いてこそいるが、多少の方向転換ならば可能なのだろう。
甲牙とやらの骸に短い黙祷を捧げ、スレイブは豪風の脇を通過した破壊を見つめる。
端的に言って、金棒一本で何とかなる手合いではない。そしてグゴとの戦いで枯渇した物資で対策を取れる相手でもない。
苦虫を噛み潰し、それでも引くという選択肢を持たない混血体は側面から距離を詰めようと駆ける。
「無茶だ、スレイブッ」
途中、自身の名を叫ぶ狼牙を無視し、地を踏み鳴らす破壊の横を取れるように位置を調整。幸い、突然矛先を変える程度で極端な進路変更をしない相手の側面に迫ることは容易であった。
問題は後一歩を詰めること。
掠めるだけで死に至る破壊の暴風へ、身一つで突っ込む気概をスレイブは有していない。まして、勝算を見出していないのならばなおのこと。
「せめて、この引っ付いて意識が逸れればなんとかなるか……?」
楽観、というよりも希望的観点から漏れた呟きは、破壊の奥に潜む眼光の注目を集める。
荒振り猛る激情に濁った翡翠の瞳の。
「お、前は……?」
「あ?」
破壊の渦、世界を滅ぼす嵐と化した化物からの声にスレイブは首を傾げる。
どこか聞き覚えのある、しかしてスレイブ自身には身に覚えのない声音。或いはスレイとしての記憶に関係するのかもしれないが、だとしても違和感を覚えているのは奇妙。
喉に小骨が引っかかるような、拭い難い違和に気づくことはないまま、少年は一定の距離を維持した。
故に、だからこそ。
「お前、らは……!」
破壊の側からはスレイの顔を注視することが容易に叶う。
「あの人を、どこまで冒涜するつもりだァァァ!!!」
血反吐すら滲ませる咆哮が、世界に張り裂ける心の悲鳴を届けた。
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