第33話『暴走する破壊・轟く大地』

 破壊が駆ける。

 破滅的な破壊が駆ける。

 破滅的な感情に支配された破壊が駆け抜ける。

 周辺に乱立する齢幾つともすれぬ樹木も、荒れ狂う破壊の擬人化の前では等しく無価値。右手に握られた突撃槍だった得物を振るうまでもなく、正面に突き立て駆けるだけで紙障子も同然に薙ぎ払われる。

 破壊の抱く暴風の如き激情を証明するように、槍を内から食い破る多数の棘がへし折れた樹木の欠片を追撃し、粉微塵に粉砕する。


「ヴゥアアァァアァッッッ」


 破滅の権化。人の形をした破壊は暴風を纏い、魔獣にも似た雄叫びを上げる。

 第三次黒の森開発計画に向けた先遣隊。

 フォルク王国軍及び歯車旅団並びに火線戦団の三者共同クエスト。破壊が黒の森を訪れた目的は既に心中から綺麗に消え去っている。

 調査を妨げる魔物の掃討を極限まで曲解し、魔物の住まう土地そのものを原形残さず滅ぼし尽くすまで奔流は止まらない。

 それは、始めから鏖殺を目的に訪れた訳ではない。


「クソッ。なんだ、なんなんだアレはッ?!」


 半狂乱状態になって逃げ惑う鬼族きぞく。そして鬼族を乗せて徒に疾走する風牙かぜきば一族。

 破壊から多大なる恩を持つ、憧れを抱く存在を奪い去った者の眷族を視界の端に捉えた刹那にそれは人としてのあり方を焼き尽くした。慈悲深き聖女から施された薬による高揚も、一層にそれを助長する。

 並走していたはずの人々がどうなったのかなど意識の外。流石に死にはしていないだろうが、興味がないから思考を傾ける必要もない。

 ただ心中で暴れ狂う破壊衝動に従って、眼前の全てを薙ぎ払うべく稼働する。

 側面からの疾走は狼の跳躍によって直撃を避けられ、静止の意志もない破壊は最高速を維持したままに樹木を数十纏めて薙ぎ払う。

 物々しい音を立てて急速旋回。

 急カーブで抉られた地面が散弾めいて周辺の地形を破砕し、破壊は疾走を再開。次は斜めから敵への接近を図る。


「殺す、殺す殺す殺すころすぅッ!!!」


 血走った眼が周辺の破壊痕から怨敵を視認、咆哮を上げて世界を震わす。

 断末魔にも似た悲鳴を木霊させ、赤い皮膚へと急速に迫る。回避も防御も叶うはずがない、そも地形を秒単位で更新する破壊の権化を前に数十秒と生き永らえているだけでも上等なのだ。

 薙ぎ払われる地形と同様に、樹木も同然に。

 亜人種を槍の錆へと塗り替えた。肉片の一つさえ残すことなく、破壊の余波で霧散する血潮が霧のように黒の森へと変換される。

 しかし。しかして。

 たかだか数人の命を奪っただけで破壊が止まる訳もなし。

 根本的に黒の森は鬼族の拠点たる洞窟に加え、風牙一族の住処でもあるのだ。それに彼らが大手を振っているだけで、他の種族も顔を見せていないだけで居を構えている。

 踏み込む足に一層の力が籠る。

 全身から尽きることなき魔力と破壊の奔流が、グレイグ・B・ジルファングを突き動かす。



「ど、どうなっている。貴様らの部下は……!」


 一方、破壊の原点である抉れた大地では衝撃に離散した部隊が再集合していた。周辺にはへし折れた樹木が散乱し、突然吹き荒れた暴風に負傷した者も少なくない。

 叱責の声を上げたのはフォルク王国所属の軍人。

 反乱とすら解釈されかねない暴挙に、同様の被害を受けた歯車旅団の面々へ注ぐ視線は氷の如く冷たく鋭利。

 対して若輩なる後輩が引き起こした突然の事態に、彼らもひたすら頭を下げる裏で内心に疑問符を乱立させる。グレイグの実力を概ね把握している立場な分、むしろ彼らにこそ困惑の赴きは深い。


「す、すみません。私達にもいったい何が何やらで……」


 平謝りを繰り返す少女はフォルク王国では見慣れない様式の着物に身を包み、短く切り揃えた黒髪を乱して頭を振る。

 無心で同じ動作を反復するのは、今の彼女が適していた。

 無論、他の面々が意識的に酷な役割をあてがってはいない。

 ただ軍人の怒りが最初に視界へ映った少女へ注がれ、それが彼女だっただけの話。それ以上の意図など皆無で、そうでもなければ因縁深い黒の森で彼女へ徒な負荷をかける訳がない。


「あれほどの魔力を撒き散らし、しかも一向に収まる気配がないぞ。これでは先遣隊ではなく、ただの破壊活動ではないかッ。この森は我らにも多大な利益があるのだぞ!」

「すみません。普段ならあんなことはできないはずなのに……」


 そう、不可能なのだ。

 グレイグの技量から見ても、本来有する能力から見ても、黒の森を蹂躙する破壊の権化として成立するなど不可能。今もなお遠方で続く破砕音の前に魔力と体力の双方が尽き、地面に倒れるのが道理なのだ。

 しかし現実には白銀の鎧で身を固めた少女は、今もなお激情の赴くままに破壊を繰り広げている。

 時折大気を震わす絶叫が木霊する度、矛先が遂に自身へ注がれたのかと先遣隊の間で冷たい緊張が走る。撃退の可能不可能ではなく、地図の更新を余儀なくさせる被害が否応なく不安を煽るのだ。


「どうしたの、グレイグ……」


 後輩たる少女の暴挙を前に、ミコト・ヤマタは不安の声を呟いた。

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