第23話『風牙一族の長・狼牙』

「烈風ッ」


 スレイブ達へ襲いかからんと前傾姿勢を強めていた少女が振り返る。

 続き、ムクロドウジらも視線を茂みの奥へと注ぐ。

 緑を掻き分け、姿を現したのは一匹の狼。

 見る者の目を引く純白の毛並みを持ち、角を思わせる二本の黒毛が背後へと伸びる。額には血を彷彿とさせる色で刻まれた一本の縦線、そして左右に広がる二対計四本の稲妻が走っていた。体躯は二メートルに差し掛かるかと見紛う巨体で、当然重く圧し掛かる重量を支える脚部は強靭。

 風牙かぜきば一族に共通する特徴に付き添いのアイイシこそ腰を抜かすが、残る二人は冷静に得物を構える余地を備えていた。


「ヴゥ……狼牙ろうが……!」

「そこの連中は鬼族きぞくの関係者……礼節は通している」

「ヴウゥヴッ。認メ、ナイ……!」

「私は認めている。私の決定は風牙一族の決定だ」


 厳格な口調で語る狼牙と呼ばれた狼とは対照的に、烈風と呼ばれた少女は感情を剥き出しにして唸り叫ぶばかり。

 人と亜人種には異質に映る光景に困惑を深めていると、更に口を開くのは烈風。


「私ノ、私達ノ長ハ……皇牙おうがダッ!」


 吐き捨て、大きく跳躍。

 突撃かと身構える二人であったが、毛皮を纏った少女は後方の樹木へと飛び移ると転身。木々の枝を跳び、後退を始める。

 何事だったのかと首を傾げるムクロドウジに対し、スレイブには心当たりが一つ。

 主の前へ出て、残った狼牙へ向けて距離を詰めた。


「さっきの物言い。お前が風牙一族の長とお見受けした」

「如何にも……烈風のように認めぬ者も多いがな」

「それは大変だな」

「おいスレイブ、お前の知り合いか?」


 肩を竦めるスレイブへ苦笑を浮かべる狼牙の様子に、ムクロドウジは疑問を投げる。

 風牙一族の話は確かにスレイブから聞いていた。だが、それは人伝など情報としての側面が強く、彼個人との繋がりが感じられるものとは異なる。

 そも身内、ましてや長と関係を持っているのならば、直接話をつければ川の水を問題なく得られるではないか。

 だが、スレイブからの返答は彼女の予想を裏切る。


「いいや、コイツとは初対面だ」

「は?」

「あぁ、ほら。前に風牙一族のことを話しただろ?」


 当然、ムクロドウジはその話を覚えている。

 むしろ、覚えているからこそ疑問を浮かべているのだ。


「風牙一族は縄張り意識が強いって話だろ?」

「そうだ。そしてその話には続きがある」

「続き?」


 側に控える狼牙が怪訝な視線をスレイブへ注ぐ中、当の本人は興味ありといった表情のムクロドウジへ続きとやらを口にする。


「あぁ。風牙一族の縄張りへ踏み入れる際には貢ぎ物を境界に置き、そこを出入口として通過する。

 そうすれば、奴らはキチンと礼儀を通したと判断して見逃してくれるのさ」

「なんだそれは……」


 真相を聞き、少女は脱力して肩を落とす。

 川の水を使えなくなるかどうかかと思えば、単なる礼儀で終わる話。心配して損した、というのが偽らざる本音である。

 そしてスレイブの横に立つ自称長の狼が否定しない辺り、狼牙の認識も大きく誤っていないのだろう。故に、ムクロドウジとしては不満も強いというもの。


「そんな方法があるのなら、川の水は問題なく手に出来ただろう」

「いやー、相手の好みが分からん以上、貢ぎ物がカン頼りになるからな。そこでやらかすと最悪宣戦布告と受け取られかねん。

 それに、お前らが貢ぎ物に肯定的かも分からんかったし」


 好戦的で野蛮な印象が色濃い鬼族が、他者と競合しないための貢ぎ物を受け入れてくれるかも不明であった手前。提案を投げるのに躊躇があったのだ。

 結果、ゴブドルフ連合へ向かう直前に慌てて適当な鬼族へ貢ぎ物の話をしていたのだが、狼牙の反応から見るに衝突は避けられたのだろう。無用な衝突を回避できたのは、物量に劣る鬼族王国方面部隊には好都合に違いない。

 そして、友好的な態度を見せられたのは別の意味でも役に立つ。


「それと、ここで風牙一族と会えたのも丁度いい。あそこで腰を抜かしている奴を拠点まで運んで欲しいんだが」

「長たる私に無償の奉仕をしろ、と?」

「まっさか、やってくれるなら礼は出すさ」

「ならば良いが……起きよ、女性よ」

「ぴゃいッ」


 声をかけられ、奇声を上げるアイイシ。

 ゴブドルフでも度々縄張りに踏み入れた人の末路が語られる風牙一族。その上、頬にざらついた舌と涎の感触がついてしまえば動揺も止む無し。

 しかし、足を曲げて乗れと言わんばかりの姿勢を取れば、怯えてばかりの彼女にも意図は伝わる。


「の、乗れって……?」


 首を縦に振り、狼牙は肯定の意を示す。

 側のスレイブへ視線を合わせれば乗ればいい、とジェスチャーで伝えられ。もう一人立つムクロドウジへ合わせれば、好きにしろとばかりに肩を竦める。

 失礼、します。

 震える声で告げると、アイイシはゆっくりと狼牙の背に跨り、両手で白毛へ触れる。

 柔らかく、しなやか。引っかかりを覚えることもなければ、手触りも羽毛を彷彿とさせる。もしも風牙一族が魔法も使えぬ温厚な種族であらば、毛皮目的の乱獲でとっくの昔に絶滅していたのではないかと、邪推する程に。


「すごい、柔らかいです……寝たら気持ちよさそう」

「本当に寝れば即座に振り下ろすがの」

「ひゃ……!」


 途端に緊張で身体を固めるアイイシを眺め、スレイブは苦笑を一つ。

 彼としても、これから拠点で行うつもりの話に風牙一族の存在は重要であった。故に長に直接話を通せる好機は、決して逃す手はない。

 尤も、何らかの形で皇牙と呼ばれる存在が帰還するのならば前提が大きく覆るのだが。

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