第19話『疑心』
「よぉう、セッカイのおっさん」
「随分な挨拶だな、ハピネイス」
陽も中程まで上った時分。慌ただしい朝を終えて一息つくか、あるいは昼へ向けた準備を進めるかの二択を迫られる時間帯。
セッカイ鍛冶屋を訪れた伊達男、バーディスト・ハピネイスは工房で鍛冶をしていた店主へと快活に手を振る。彼の背後には、視線を下へ落とすミコト・ヤマタの姿。
大所帯のギルドが鍛冶屋を訪れてやることなどただ一つ。
それを理解しているがために、弟子のハーフエルフへ幾つかの指示を飛ばすと、バーディストと共に販売スペースへと移動する。
「それで、今回はどの程度武具がいるんじゃ。数によっては他の鍛冶屋とも連携する必要があるからの」
「ひとまずは三〇組。フォルク王国軍用フルフェイスセラミックプレートの甲冑と正式採用の八〇センチものの剣を」
「軍からのお使いか、
「……ま、色々あんだよ、こっちもさ」
バーディストが直接参加していた訳ではないものの、切欠は軍との共同クエストの失敗と聞いている。そして歯車旅団側が無傷で済んだ訳でもないことも、既に聞き及んでいる。
彼にも思う所があることを察したのか、セッカイも更なる追及を避けて話を進めた。
「それなら貯蓄もあるから、一週間もすれば用意できるぞい。値段についてじゃが……」
「金に関してなら国が持つ。不安ならウォーレンス様に確認を取ってもいい」
国が持つなら問題ないな、とセッカイは拍手を一つ。
トントン拍子で話が進み、要件は終わったはずなのだが、彼らが鍛冶屋を出る気配はない。
不審に思い、セッカイから切り込もうと口を開く。
その時であった。
「……ガラハドの持ち主は、この店に来なかったか」
「……何かあったのか、あの餓鬼に?」
スレイの名ではなく、所有者よりも一歩引いた表現を用いたことに違和感を覚えた店主は、暫しの間を置いてから返答した。
バーディストの背後では、スレイとセットの印象が強いミコトが前髪で表情を隠している。
「……あいつはな、死んだんだ」
「行方不明」
伊達男の言葉にミコトが素早く修正を加える。
扉が閉ざされる直前、彼女はスレイが鬼族の金棒によって殴打される瞬間を目の当たりにしていた。そうでなくとも味方から孤立して身体能力に勝る化物に囲まれた状況を切り抜けることが可能かと問われれば、首を横に振らざるを得ない。
それでも、死体はまだ確認されていない。
仮に狂信と謗られようとも、夢想の類と笑われようとも、ミコトはスレイの死体を目撃するその瞬間まで現実を認めるつもりはなかった。
クエストに参加していた彼女を思ってか、バーディストは少女の指摘を受け入れる。
「あぁ、そうだったな。あいつは今、行方不明なんだわ。
だってのに、この国にガラハドを持った男が歯車旅団名義で入国したって話を聞いたんだよ。黒い巻き角の少女を新人と偽ってな」
「……」
セッカイは何も言わず、ただ無言で話を聞く。
故にバーディストは言葉を続けた。
「あんな馬鹿デカイ盾を持ってんだ。そっちの仕事が終わるまでの間に聞き込めば、簡単に見つかるはずだ。
どうせ受け取るまでは、この国に滞在する予定だったしな」
どことなく吐き捨てるような印象を受ける言葉達は、バーディストなりの怒気の発露か。
握り締める拳から、やがて一筋の赤が漏れ出て床を湿らせる。腰辺りまでの丈しかないセッカイの視線にもそれは映ったが、床を汚すなと怒鳴る意思は微塵も浮かばない。
周辺の鍛冶屋から響く金槌の音と道路の喧騒が、彼らから静寂を奪っていた。
バーディスト達が店を後にして数刻後。
空模様が茜色に染まりつつある中、一台の馬車がセッカイ鍛冶屋の前に停車する。
「はい到着。三人合わせて三〇〇〇シバーいただくよ」
運転手のゴブリンは背後の客席に乗せた客達へと促した。
シャツの上から覗ける包帯を上半身に纏った少年。
丈の短いパーカーを着用して目のやり場に困る、額の右側に黒い巻き角を生やした少女。
そしてプラチナブロンドの髪を背後で一纏めにした、扇情的な深紅のドレスに似つかわしくない縮こまった姿勢の女性。
他二人はともかく、絹を思わせる髪の女性とは面識のある運転手は冗談めかして口を開いた。彼女の緊張をほぐす意味も込めて、必要以上の笑みを加えて。
「ところでどうしたよ、アイイシ。誘拐犯に拐われた人質みたいにオドオドしちゃってさ。
店での笑顔はどうしたよ?」
「え、えがえええ……いやいやそんな全く以ってゆゆゆ誘拐だなんて間違ってもそんな……!」
「え、何よアイイシ。もしかして……」
本当に誘拐か。
そう口にしようとした時、割り込むように少女が紙幣を差し出した。
深入り無用、と言われたみたいで不信を深めはするが、追及するのも野暮なのは事実。
「値段は足りてるな?」
「……あぁ、問題なく三〇〇〇シバーだ。受け取りましたぜ」
行くぞ。
少女が先陣を切って扉を開くと馬車を降り、少年が軽く頭を下げて謝意を示して後を追う。
最後に残ったアイイシも一拍遅れ、慌ててカバンを掴むと二人に倣って降車した。
無理矢理連れてきたなら最後に下ろすような、逃げて下さいと言わんばかりの隙を作るはずもない。それに堕天の誘いで稼いだ金があれば、彼女一人分の移動費程度は容易く捻出できる。
「あの様子だと、考え過ぎだな」
少年が後部の荷物置きから一人で持つには過ぎた大きさの盾を取り出したのを確認した後、運転手はアイイシの悲鳴を背景に馬車を走らせた。
馬車が移動したのを背後に感じ取って少女──ムクロドウジが口を開く。
「アイイシ。私達はやましい事をしてる訳じゃないんだから、あんまりオドオドしないでくれ。あれじゃ誘拐してますって言ってるみたいじゃないか」
「やましい事、ねぇ……」
駐車場全壊はやまし過ぎるのだが。
喉元まで出かかった言葉を飲み込み、スレイブは足取りをセッカイ鍛冶屋へと向ける。
鍛冶屋への移動に馬車、それも高額の箱形馬車を選択したのは何も日差しを嫌ってではない。
昨日の盗み聞きで巡回する兵士の中には人の手による犯行を疑っている者もいると耳にし、少しでも怪しまれないために露出を減らしたかったのだ。派手な戦闘音に牽かれた野次馬の姿こそ見えなかったが、彼らの気づかぬ所から観察されていた可能性も〇ではない。
逃走の際にガラハドを空間魔法で預けなかったことを今更ながらに後悔するも、それもまた後の祭。
「すすす、すみません。わたわた私はこういう性格なもんで、お客様もトークではまま、満足させれず……足を引っ張って、ばかりで……」
「そ、そうか……それは災難だな」
互いの会話もそこそこに、三人は鍛冶屋へ足を踏み入れる。
工房との距離が離れているがため、他の店で金槌を叩く音はすれども、セッカイの店から響く音は皆無。故に、防具を飾ったマネキンの背後に立つ小柄なドワーフを発見するのも容易であった。
髭を蓄えた男の顔色は、暗い。
表情の理由は窺い知れないが、大方商談に不都合がついたのだろうとでも判断。
スレイブは通信魔法の不調が回復した可能性を告げるべく、口を開く。
「どうしたよ、セッカイの旦那。値段をゴネられたか?」
「あぁ、餓鬼か……どうしたよ」
「あー、そうだな……どう言やぁいんだ、これ……?」
話を切り出そうとし、ふと冷静になったスレイブは首を傾げる。
果たしてゴブーリンが鍛冶屋と付与魔法屋の不和に密接な関係があったとして、その解消をどう説明すればいいのか。
なまじムクロドウジが大規模な魔法を繰り出して街に被害を及ぼしたせいで、素直に元凶を懲らしめたとは言い難い。かといってガラハドを修理しないというのも論外。
さて、どう話を出せばいいか。
スレイブが思案していると、セッカイが先に口を開いた。
「あぁ、ガラハドの修理の件だが、今ならいけるかも知らんぞ」
「お、となるとエルフとの解消されたのか?!」
わざとらしく声を上げ、まるで検討もつかないといった風の態度を取るスレイブ。
「そうだな。昨日、改めて通信魔法を行うとの、これまでと様子が違っての」
曰く、ひとまず依頼金に関しての不満があるなら互いに顔を合わせて机に座ろう、ということで話が纏まったらしい。話し合いの結果次第ではまた荒れるかもしれないが、真の元凶を知っているスレイブは露ほどにも不安はない。
得物の修理が可能と効き、喜々としてスレイブは大盾をセッカイの前に置く。
人一人を隠して有り余る長大な逆三角形に覗き穴、歯車を掴む腕の紋章。最高品質の鉱石十数種を合成して生成したレイトセラミック製の装甲に、アロンダイト抜刀を筆頭とした各種動作を可能とする腕部用の可動部。
更には五重の付与魔法とそれを覆う静止魔法によって、他を隔絶した防壁として機能する。表面は数多の戦場を主と共に駆け抜けたにも関わらず、傷の一つ見当たらない。
「……」
僅か一撫でで、セッカイは眼前の大盾が紛い品などではない本物のガラハドという確信を得られた。
そして、ガラハドを運んできたスレイ──側に立つ少女にはスレイブと呼ばれる存在は灰の髪こそ無造作に伸ばしているものの、他にはスレイと疑う理由すら見当たらない。
「ただ、コイツには
「だいぶ手間がかかるんだな」
「そうじゃな、軽く見積もっても一月以上はかかると思って貰って構わぬ。そしてそこまでやって、鞘の部分の詰まりが原因なら手間はかからん。
はっきり言えば、一から作り直した方が五割は安く上がるの」
これは事実であり、ムクロドウジへの回答であり、スレイブを試した発言である。
もしも脳裏に思い当たる少年と中身が違うのであらば、非合理極まる修理依頼よりも新造を要望する。
しかし、もしもあの時のスレイと同一人物であり、ミコトに連れられて武具を生成した日を覚えているのであらば──
「そいつは良かった。だったら修理で頼む」
「──」
即答。
二の句を告げず、財布役と思しき少女へ了承を得るよりも早く。
「おい、倍はかかるって言ってるぞ」
「金に糸目はつけねぇんだろ。少しくらい贅沢してもいいだろ」
「随分と図々しいな、スレイブ」
「上……コホッ、コホッ。お前のお守り役を任されてたらな」
言葉に言い淀むスレイブなど気にも止めない。
ミコトに言われ、渋々といった様子で要望を足し加えながら、始めて実物をお出しした時に、それこそ童心の如き目の輝きを見せた少年。奴隷の身分という話を忘れる表情の艶は、海を思わせる青の瞳と合わさってセッカイの記憶にも深く刻まれている。
これが死体からの追い剥ぎや乗っ取りで表に出来る訳がない。
長年の経験が、セッカイの表情に浮かんでいた靄を払い、口端を持ち上げさせた。
「可可可ッ、それは良かったわい。危うくまた大枚はたいてレイトセラミックの原材料を揃えるのかと戦々恐々だったからの!」
快活に笑うドワーフの顔に憂いはなく、側で怯えて身体を竦めるアイイシの姿など気にも留めずに腹を叩く。
外では、夜闇に対する最後の抵抗を見せた茜色が水平線の向こうで朧気な光を放っていた。
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