第13話『悪徳』

 翌日、木造建築を中心としたエルフの居住区で付与魔法関連の工房を幾つか回ったものの、結果はゴブドルフへ最初に足を踏み入れた時と同じであった。

 夜が深まり、スレイブとムクロドウジは吸血鬼などの夜行性種族が姿を見せ出す時間帯の中を歩いていた。

 目的地は昨日利用した宿泊宿。持ち帰った結果は、芳しくない。


「どうなってるんだ……これは」

「あぁ、全くだ……」


 意気消沈して足元を見つめるムクロドウジと、反対に天を仰ぐスレイブ。

 とはいえ、向く方向が違うだけで精神的な方向性は似通っている。


「なんで互いに言い分が食い違ってんだよ……?」


 セッカイはエルフに問題がある口振りであったが、反対にエルフ側はドワーフにこそ問題があると主張して憚らない。

 主張は互いに同じ。

 曰く、仕事の報酬に不当な格差が生じている。金に執着しているとは言わないが、事前の通達もなく下げられては仕事にケチをつけられているみたいで不快だ。


「おかしいだろ。通信魔法だぞ、手紙の文面を差し替えるのとは訳が違うんだぞ……!」


 通信魔法の開発によって、人々の情報伝達速度は大幅に上昇した。

 何せ面識のある二人がそれぞれの地点に入れば、特殊な環境下でもなければ一瞬で会話が成り立つのだ。潤沢な魔力を有する人材ならば、国二つを跨いでも問題なく通信が成立するとも過去には報告されている。

 高い利便性を誇る通信魔法には当然、妨害の技術も向上している。が、それらは戦場での円滑な通信を妨げるジャミングであり、会話内容の偽装などという高度な領域は実用段階には上がっていない。


「他国からの干渉にしても、わざわざゴブドルフを優先する理由は……?

 いくら武具と傭兵で利益を上げてるといっても、もっと優先すべき相手がいるのでは?」


 たとえばスベロニアのような実際に戦禍に見舞われている国であらば、出兵しているゴブドルフへ憎悪を抱くのも不自然ではない。事実として城壁を破壊されるテロ行為が起きているのも説得力を高める。

 が、それが今まさに都を焼く敵勢力への攻撃よりも優先すべき行為かと問われれば、些か首肯を躊躇う。テロ行為も詳細は調査中らしく、実際は個人の暴走や時期が被っただけの別件の可能性も否定できない。

 結論としては、あり得なくもないが積極的に語るには弱い理由。というのがムクロドウジの見解である。


「どっかの国が試験段階の魔法を実験的に使用してる可能性は?」

「分断策を講じるか、互いに顔を合わせれば解決する内容で?」


 スレイブが上げた仮説をムクロドウジは端的に否定する。

 面会すればそれで終わる案件で国を上げた実験を行うのは、あまりにもリスクが大きい。国ぐるみならばもっと内容を精査するか、もしくはちょっとした混乱レベルに留めるのが妥当なラインであろう。

 ムクロドウジが上げた否定理由に、スレイブは引っかかりを覚えて首を傾げる。


「そういや、なんでドワーフとエルフは直接話し合わねぇんだ。明らかに前後がおかしいだろ」


 彼らの言が正しければ、問題が発生して相応の月日が経過しているはず。

 その間に直接顔を合わせる発想が一度も出ないのは流石に奇妙。しかも急に主張が変わったとなれば、何らかの形で問い合わせるのが自然な流れであろう。

 仕事の報酬ともなれば、生活様式が多少異なるからといって無視できる領域の話ではない。

 部下の疑問に上司も顎に手を当てて思案する。


「互いに顔を合わせない理由……私には検討もつかないな」

「とりま、明日からの聞き込みはそこらも考慮してやってくか」

「それは賛成だな」


 互いに明日聞き込む内容を纏めながら、宿の中へと足を踏み入れる。

 そして更に翌日。


「ドワーフとエルフが顔を合わせない理由?

 通信魔法があるんだからそれでいいってことでしょ」


 宿の主人であるゴブーリン──顔馴染みの客からは宿名から親しみを込めてゴブおじさんと呼ばれるゴブリンが疑問に答えた。

 その答えは予想通りではあるが、より詳細が欲しいのが二人の本音。

 ロビーには二人の他に客の姿はなく、多少主人を拘束した所で営業に支障はない。チェックアウトした後の部屋の清掃に主人が関わらない、という前提の下にだが。

 ムクロドウジが一歩踏み込んで問いかける。


「仮にだが、昨日と今日で言い分が大きく違うとして、それでも直接面談しないのは何故だ。そこに不審なものを感じないのか?」

「そりゃまぁ、そういうことならおかしなもんはあるかも知らんが……あ、アンタらは使ってないから知らんのか」

「何を?」


 拍手を一つ。

 ゴブーリンが二人の抱く認識のズレに合点がいったのか、うんうんと首を上下させる。

 一人で自己完結されても困るとスレイブが改めて問うと、緑の凸凹した肌を掻きながらゴブーリンは答えた。


「この国ではな、通信魔法を使用する時に一旦中央通信局を経由するんだよ。ここを通すことで時間は少しかかる代わりに、要件はあるけど名前の知らない相手とかにも通信魔法が繋がるんだよ」

「……! 中央通信局を、ねぇ」

「そ、国の役人が中継を手伝ってる訳だ。

 分かるだろ。国の中枢を担う産業を国が妨害する訳ないだろ?」

「なるほど、なるほど……」


 ゴブーリンの主張にスレイブは意味深に大きく、かつゆっくりと首肯を繰り返す。

 さながら大仰に拍手を繰り返す大物の仕草の如く、全てに理解が及んだ上位存在としての賞賛とでもばかりに。

 幸か不幸か、もしくは眼前のゴブリンに対して見下した感情を向けている訳ではないためか。ゴブーリンは頭上に疑問符を浮かべつつも、素直に拍手を受け取っていた。


「そうか、質問に答えてくれてありがとう」

「この程度なら安いもんよ」


 ムクロドウジが感謝を告げ、頭を下げる。

 ゴブーリンが二人から離れるのを確認し、扉が音を立てて閉じられる。

 彼らはロビーに残る唯一の部外者が退場したのを見計らって、会話を始めた。


「中央通信局、怪しいな」

「だが、さっきの主人のいうことも尤もだぞ」


 スレイブは半ば確信を以って主張していたが、ムクロドウジは一度の疑問を差し込む。

 国の主要産業を自ら妨害するなど、役人が行う訳がない。売国奴となれば話が変わるのかもしれないが、そこまで行けば最早言ったもの勝ちの領域である。

 しかし少年は灰の髪を鷲掴みにすると、忌々しげに毒を吐き出した。


「上で働く馬鹿な奴は、下のことなんざ知ったこっちゃねぇんだよ。勿論、例外側の連中の話だが、これは間違いなくそっちの犯行だ」


 フォルク王国でも贈賄絡みの調査を依頼され、歯車旅団の数名と協力して最終的に当時の執政官を逮捕という形で完遂した経験が告げている。

 この件は黒だ、と。

 二人が宿を後にし、次に向かったのはエルフの居住区。

 その中でも従業員のエルフを指名し、対面する形でサービスを享受できると評判の酒場。堕天の誘いと看板に銘打たれた隠れ家的な側面を持つ地下施設であった。

 本来は夜間に営業するためか、店内は妖しい紫の照明魔法を行使こそすれども、清潔感に溢れている。清掃に勤しんでいる女性従業員を尻目に、スレイブとムクロドウジはカウンター席で店長のエルフと対面していた。

 赤の薄布一枚を身体に纏った店長は、必然的に浮かび上がる身体の凹凸を惜しげもなく見せつける。エルフ特有の先端が尖った耳を抜きにしても、種族の特定が容易な美貌を有していた。


「最近急に羽織りが良くなったお客さん?」

「そうそう、誰か知らないか。ここが国で一番評判がいいっていうから足を運んだんだが」


 今回は入店前に打合せをしており、二人は出稼ぎで入国した設定で通している。

 曰く、地元では稼げないからとゴブドルフを訪れた二人組。説得力を上げるべく、スレイブの大盾をムクロドウジの空間魔法内に収納している徹底振りである。


「羽織りのよくなったお客さんなら何人か候補はいるけれどぉ……」


 唇に手を当て、思案する店長。

 夜の世界を長年渡り歩いた経歴が、単純な所作にもどこか色っぽさを付与していた。

 しかし、ただの色に狂った床上手が一つの店を収められる訳もなし。続く言葉は、二人の安直な読みを打破するに充分な威力を秘めている。


「お客さんの情報を切り売りするなんて、酒場として失格だとは思わない?」

「それはそう」

「おい」


 店長の言葉を肯定するスレイブに、ムクロドウジが髪を揺らす。

 指摘はご尤もな話である。が、受け入れてしまえば酒場にまで足を運んだ意味がなくなってしまうというもの。

 当然、スレイブも目的を無為にする意見を考えもなしに肯定した訳ではない。


「勿論、タダとは言わない。食器洗いなり何なり、働いて返しますんで何とかそこを」

「そう、ねぇ」


 彼の言葉を受け、店長はムクロドウジの肢体を眺める。

 太腿を大胆に晒した足元から女性らしい凹凸に乏しいスレンダーな胴体、そしてフードに隠れても存在を主張する赤の瞳を持つ顔を。

 舐めるように、あるいは観察するように。

 舌なめずりする仕草に少女が薄ら寒いものを背筋に走らせ、口端を引きつらせる。

 そして、彼女の悪寒は正しい。


「じゃあ少しでいいから、そこの彼女が働いてくれるってのは……どぉ?」

「あんまり時間はかけたくねぇけど……少しなら」

「はぁッ?!」


 ムクロドウジ当人の意見を他所に、二人は交渉成立の握手を交わす。


「ちょうど新しい層を開拓しようと思っていてねぇ……それには、貴女のような少女が相応しいなぁって」

「なッ?!

 お、おい!」


 おもむろに伸ばされた手が、ムクロドウジの顔を隠していたフードを外す。

 店長の予想通りとでもいうべきか、翡翠の瞳には右の巻き角を除けば小柄で可愛らしい少女が映っていた。尤も、困惑と怒りが綯い交ぜになった表情では可愛らしさも半減だが。

 磨けば光る宝石の原石。

 それが出稼げで訪れたとなれば、どうしても引き留めたいのが本心というもの。


「まずはお試しの一日でいいから。後は気に入ってから……ね?」

「誰がそんな、わ……私にそんな服……!」

「そうは言っても、タダってのは流石に筋が通らねぇっつうか」

「他人事だと思って!」


 肩に手をかけ我慢してくれ、とでも言いたげな視線を送るスレイブへ怒鳴る。が、それでもムクロドウジを求める店長の熱い眼差しは収まらない。

 ならば次の手と、店長は言葉を続ける。


「じゃ、最近羽織りの良くなったお客さんだったわね」

「止めろ、ここで言われると断り辛い!」

「まずは付与魔法もその場で行える鍛冶屋のイシコロに宿屋のイチジク、後はスロベ二アの戦争で潤ってる傭兵の纏め役なゴッブーリン……」


 ムクロドウジの静止を遮り、指折りして要請された人々を上げていく店長。

 そして彼女が続けた名に、二人は表情を強張らせた。


「後は中央通信局局長のゴーブリンで……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る